怒りが、これまで小説を書く原動力だった、と薬丸岳さんはいう。
「でも、今回は違うんです。怒りだけではなく、様々な考え方を提示して、ひとつの問題を俯瞰できる物語にしたかった」
処女作『天使のナイフ』以来、薬丸さんは、罪に問われない少年や精神障害者の犯罪、犯罪被害者と加害者の問題などを題材にしてきた。「ぼく自身は犯罪に対して厳罰派」と語る薬丸さんが、これまでの作品で描いてきたのは犯罪の“罪と罰”。
本書は、神戸連続児童殺傷事件を連想させる黒蛇神事件と呼ばれる少年事件の“その後”の物語だ。もしも友人が過去の凶悪犯罪の加害者だったら――。デビュー前から抱いていたテーマだったという。
ジャーナリストの夢を諦めて機械加工工場で働く青年・益田純一は、同じ日に入社した同い年の鈴木と出会う。取っつきにくい鈴木と徐々に打ち解けていく益田は、あるきっかけで黒蛇神事件を調べ、鈴木が加害少年なのでは、と疑念を抱く。
友人で居続けるか悩む益田の葛藤に、こんな思いが湧き上がってくる。もしも自分なら、と。
「いつも自分なりの答えを探しながら小説を書きますが、なかなか答えは出ません。ただ、たとえ答えがなくても考え続けることが大切だと思うのです」
物語は、月刊誌に掲載された益田の手記で締め括られる。〈おれたちの情報網から逃げられると思うな〉とネット上に匿名で書き込まれ、個人情報が晒される時代だからこそ、実名での手記発表に踏み切った益田の決断の意味は重い。
様々な考え方が存在し、答えがない問題を問う本書の刊行について薬丸さんは「正直、怖かった」と語る。だからこそ、覚悟が、伝わってくるのだ。
「ラストは手記で、とは初めから決めていました。けれども、最後の最後までどんなメッセージにするか悩みました。ぼく自身、鈴木を許したわけではありませんが、死んでほしいとは思わなかった。生きて過去と向き合ってほしい、と」