家事育児を「回数」で測ると不満につながる

共働き家庭が増えて、「どちらも仕事をしているのだから夫婦は平等に家事も育児もすべき」といった考え方が広がりました。それはとても大切なことですし、負担感が減るならば、そうしたほうがいいと私も思います。

しかし、平等性を追求するあまり、むしろ苦しくなっているケースもよくみかけます。例えば、「私の方が習いごとに送りに行っている回数が多い」「洗い物は交互にするはずなのに全然やらない」といった不満が出ていくのです。

追求しすぎると、「何回」や「何時間」といったことが気になり、相手を取り締まりたくなってしまい、「精神的な余白」とは、真逆の心理状態になっていきます。私の講座生の中には、「以前の私は、みみっちくカウントしていました」と言う人もいました。「みみっちい」と感じることを続けていると、どんどん自分のことが嫌いなっていきます。