漫画と新興宗教にのめり込む
家族仲が良くなかった上に、家の外でも集団生活に馴染めなかった深謝さんを救ったのは漫画だった。
「物心ついた頃から毎日のように絵は描いていて、小1の頃にブームが巻き起こった『キャンディキャンディ』を見てから、漠然と漫画家になりたいと思い、『ドラえもん』とか『キャンディキャンディ』を模写していました。2年生の時、同じクラスに漫画を描いている子がいたので、私も『宇宙戦艦ヤマト』などのパロディギャグ漫画をジャポニカ学習帳に描き始めると、クラスで回し読みされるようになり、『続きは?』と催促されると嬉しくて、休み時間はずっと漫画を描いていました」
しかし一方で、入学当初から体格のよいボス的な女子から手下のように扱われていた。同じクラスのほとんどの女子がボス女子の顔色を窺って過ごしていたため、それに気づいた担任教師がクラス替えを行い、5年生でボス女子やいじめられっ子たちとは別のクラスに。新しいクラスの隣の席に、“孤高の存在”となっていたクラスメイトがいた。
「その子はキリスト教系の新興宗教を信仰していて、学校でもお祈りを欠かしませんでした。教師もクラスメイトもドン引きしていましたが、その芯の強さに憧れた私は彼女に近づき、聖書勉強にのめり込んでいきました」
「入信しよう」と本気で考え始めた深謝さんだったが、突然転校することが決まる。マンションの購入を検討していた両親が、娘の異変に気付き、転校しなければならない場所にマンションを購入することで入信を避けたのだった。
高3で打ちのめされ漫画を描くことを封印
11歳で転校した学校は平和だったが、やはり深謝さんは集団生活に馴染めなかった。
中2の頃に少女漫画雑誌の『なかよし』に投稿したが、選外。高1の時にも同誌に投稿したが、やはり選外だった。
オタク化し、2次創作にいそしむようになると、仲間ができ、合同で同人誌を作ってコミケに参加するようになった。しかし高3になった時、深謝さんが部長をしていた漫画アニメ研究部に、すでに「中学生のうちに漫画家デビューしている」という1年生が入部してきた。
「画力、キャラ、ストーリー、背景など、すべてが完成されていて、私が一番行きたかった雑誌に作品が掲載されていました。私はその新1年生のハイレベルさに打ちのめされ、高校卒業の日に漫画道具を全て捨てました」
当時は、パソコンはもちろん、ペンタブや液タブなどない時代。深謝さんはお小遣いでコツコツと買い貯めたペン先や、インクやホワイト、スクリーントーンなどを全て処分し、以降、漫画を描くことを封印。漫画を見ることもつらくなり、書店の漫画コーナーに行くのを避けるようになった。
大学受験にことごとく失敗した深謝さんは、滑り止めだった私立大学に通い始める。
「両親は『勉強しろ』とは言いませんでしたが、母が、『国公立大学に入れなかった私を恥じていること』は明白でした」
折しもトレンディドラマ全盛のバブル末期。深謝さんはオタクだった過去を隠し、ボディコン女子大生に擬態した。

