ロシア研究者の自戒

――自分が力の信奉者だからこそ、力でねじ伏せられることに対する恐怖があるのでしょうか。日本からすると、あんなに広い領土があり、軍事力もあり、常任理事国で核まで持っているのに何が不満なのかと思ってしまうのですが。

【池田】ロシアは一度ならず周囲から侵略を受け、モンゴルやフランスのナポレオンの侵入を許してきた歴史があります。だからこそ、国境の向こう側にも勢力を拡張したり、緩衝地帯をおいたりして、防禦を固めねばならないのだとロシア人自身もそう言ってきました。

そして私たちのようなロシア研究者も、「ロシアは暴力的なのではなく、歴史的にそうならざるを得ない環境があったんだ」と説明してきたのですが、これはロシア側に立ちすぎたものだったと現在は思っています。

歴史を見れば、ウクライナもバルト三国も、ポーランドも、歴史上、ロシアの侵攻により被害を受けてきた。その視点があまりにも欠けていたと感じています。ロシアの事情を知るのは大事ですが、それと同様に、ロシアの周辺国の事情や論理も知らなければなりません。

同時に、その際に重要なのは、我々や西側とは異なる価値観を持っているからと言って、それを「野蛮だ」とか「劣っている」「遅れている」などと批判しないことです。

説得で変えることはできない

【池田】例えばロシアの歴史認識をすべて否定して、「キエフ(キーウ)がロシアの故郷だという認識は虚構である」と言ってしまえば、ロシア人としても立つ瀬がなくなります。ロシアの蛮行は批判しつつも、ロシアの文化そのものを否定するのは避けるべきです。

地図のモスクワとキーウ付近
写真=iStock.com/berean
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そもそも我々とは違う価値観を持っている人々、文明、文化があることをまずは認める。細谷雄一さんの『危機の三十年』(新潮選書)にも書かれていましたが、欧米の自由主義の基準でそれぞれの国や地域の価値観や文化を測ることはできない。国際法を守らないのはこちらからすれば困るのですが、それを説得や、力づくで変えることはできません。

一方で、これも細谷さんの本に書かれていたことですが、ロシアが米欧の被害者だというわけではないのもその通りです。

ロシアも時には欧米の論理に乗じて自国の立て直しに利用してきました。プーチンが大統領に就任する際には、欧米の対テロ戦争の文脈を使ってチェチェン戦争で成果をあげたのはその一例です。