当時、竹下首相番だった筆者も「国会も同じことだ。花を持たすのは野党7割、与党3割位でちょうどいい」と聞かされたのを記憶している。野党に花を持たせて、十分な審議時間を確保したほうが、国会審議は順調に行くという意味だった。当時の自民党はその前の中曽根康弘首相がダブル選挙で大勝した遺産で、衆院で300を超える議席をもっていた。
それでも、無理をせず野党に十分質問させるのが竹下流で、その結果、リクルート事件の逆風が吹き荒れるなかで、初めて消費税を導入することができたのである。
ところが、高市首相は、選挙の圧勝を受けて、何が何でも年度内に予算案を成立させるのだと、自民党に対して指示を出した。通常国会冒頭の解散で、すでに予算案の提出は1カ月遅れている。
通常は、審議に2カ月ほどかけて成立させるのだが、首相は、それを1カ月にも満たない短時間で成立させるのだと意気込んでいる。力づくで押し通そうとする姿勢に、野党側も態度を硬化させている。
選挙公約の消費税減税などを検討する超党派の国民会議も、野党側の参加は遅れ協議は遅れる一方だ。
石破茂前首相でさえ、少数与党の国会で予算を年度内に成立させた。巨大与党をつくった自分が、年度内に成立させられないようではメンツが立たないとでも思っているのだろうか。
早期解散に踏み切った本当の理由
「それもあるかもしれないが、首相はとにかく予算委員会の答弁を嫌がっていた」
国対の経験が長い閣僚経験者はそう解説してくれた。
確かに、首相になったばかりの臨時国会の予算委員会で「自分ばかりが当てられる」と当時の枝野幸男予算委員長の采配に不満を示し、本会議場で水も飲ませてもらえないと国会の庶務を担当する議運委員長の浜田靖一氏にも不満を漏らしていた。台湾有事をめぐる答弁の問題や旧統一教会をめぐる問題など首相にとって不快なやり取りも多かった。
この議員によると、高市首相は自分が納得するまで準備しないと気が済まないので、実は、睡眠不足とストレスで、相当、追い詰められていたのだという。
「早期解散に踏み切ったのは、通常国会でまた予算委員会でぐちゃぐちゃやられたら持たない。もう限界だ、というのが本当の理由だという側近もいる。その結果、自分でも驚くほど勝ってしまったのだから、もう好きなようにしようと思ったんだろう。だが、首相は国体の経験がないから、国会運営が全く分かっていない。このまま突っ走ると参議院に『荷崩れ』して送ることになるから、かえって時間がかかるよ」

