「豊臣兄弟」の城・探訪記 #日本史 #城 #大河ドラマ 2026/02/15 16:00 #1 #2 #3 やはり信長は軍略の天才だった…犬山城攻めで尾張を統一する際「あえて木曽川を越え敵地に乗り込んだ」ワケ PRESIDENT Online 今泉 慎一 +フォロー 古城探訪家 前ページ 1 2 3 4 5 6 次ページ 犬山城から見た敵の二城 犬山城といえば、全国に12しかない現存天守のひとつ。しかも、1601(慶長5)年築で現存最古(諸説あり)。 こちらも建物自体は信長時代ではないが、最上階まで登ると、鵜沼城、伊木山城との位置関係がよくわかる。 撮影=今泉慎一(風来堂) 三重四階地下二階の犬山城天守 撮影=今泉慎一(風来堂) 犬山城天守から北東の眺め。橋の左たもとの小山が鵜沼城 撮影=今泉慎一(風来堂) 犬山城天守から北西。中央の三角形の山が伊木山城 伊木山城のさらに右奥には、当時、美濃を領していた斎藤家の本城、稲葉山城のシルエットも見える。敵の敵は味方。信長と対立している信清にとっては、斎藤家との連携は必須だったはずだ。 次ページ 1 2 3 4 5 6 関連記事 サルでもハゲネズミでもない…外見にコンプレックスを抱える秀吉が信長に付けられた「もう一つの呼び名」 石田三成と戦っていないのに関ヶ原合戦後に大出世…徳川家康が厚い信頼を置いた「戦国最大の悪人」 「秀吉と一緒になるのがイヤ」ではない…お市の方が柴田勝家との自害を選んだ"現代人には理解できない"理由 ランキング 1位 時代劇のような「チャンバラ」はありえない…武士たちが「非効率な日本刀」で命を懸けて戦った理由 ランキングをもっと見る 社会 #日本史 #城 #大河ドラマ