国境ではなく「生活」を囲う

中国は国境線を囲まない。代わりに、生活を囲う。電力、通信、物流、決済、そして行政データ。これらが中国製OSとサプライチェーンで一体化すると、相手国は「中国の一部だけ」を切り離すことができなくなる。通信を止めれば行政が止まり、電力を切れば交通が止まり、決済を外せば経済が止まる。逆らうという行為そのものが、自国の生活を止めることと同義になる。

九地篇型の包囲が恐ろしいのは、それが暴力ではなく、自発的な選択の積み重ねとして完成する点にある。安いから選び、便利だから使い、代替がないから続けた。その結果として、逃げ場のない地形が出来上がる。軍靴の音はしない。占領軍も来ない。それでも国家は、動けなくなる。これは、古典的な帝国主義よりも、はるかに洗練された包囲である。

ベルトコンベアに載せられた「Made In China」と書かれた輸送箱
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軍争篇と九地篇を重ねて読むと、中国戦略の最も重要な特徴が浮かび上がる。それは、対立を激化させず、気づかれないまま終局を確定させる点だ。米国が関税や制裁という鞭を振るうたびに、対立は可視化され、反発も生まれる。一方、中国の先取りと包囲は、反発を最小化したまま、選択肢だけを静かに奪っていく。

ここに至って初めて、「真空地帯」は単なる空白ではなく、不可逆の支配空間へと変わる。戦争は起きていない。だが、逃げ場は消えている。この状態こそが、孫子が九地篇で描いた「最も危険な終局」であり、同時に、21世紀における中国の勝ち筋の核心なのである。

第5章:孫子の兵法で読み解く(IV)――用間篇

現代の「間」は人間ではない。データが国家を動かす。

第4章までで、中国の戦略が「戦わずして勝つ」ために、形を作り、先を取り、逃げ場を消していく過程を見てきた。だが、孫子の兵法において、これらすべてを最終的に貫き、勝敗を確定させる要素がある。それが用間篇である。孫子は、勝利の源泉を兵力や勇気ではなく、「先知」に置いた。敵より先に状況を知り、先に動けること。それこそが戦争の帰結を決めると考えた。

「先知なる者は、必ず人に取りて得る」

古代において、この「人」とは間諜、すなわちスパイであった。敵の陣営に潜り込み、将の性格や兵の配置、補給の状況を探る。しかし21世紀において、この「人」はもはや必要ない。現代の「間」は、人間ではなくデータである。

中国が社会OS、資源OSを通じて掌握しつつあるのは、単なる個人情報ではない。国民の移動、消費、通信、行政手続き、世論の揺らぎといった、国家がどのように動くかを規定する行動パターンそのものである。スマートシティのカメラ、決済アプリのログ、通信トラフィック、行政データ。これらが統合されることで、国家は「何が起きたか」を知る段階から、「何が起きそうか」を予測する段階へと移行する。