「能ある鷹は爪を隠す」を体現している
この乗り味は、日常の一般道ではまるで運動性能の高い乗用車を運転しているかのような滑らかさとして体感される。しかし、ひとたびアクセルを踏み込み、高回転域に達すれば、VTECの作動とともにエンジンのメカニカルサウンドと吸気音がドライバーを包み込み、車体との一体感を享受できる。
まさに聴きたい時には聴かせるが、聴きたくない時には静かに構えるという、ドライバーの気持ちに寄り添うかのようなサウンドチューニング。
この「優しさ」は、オーナーがNSXを手放さない大きな理由の一つとなっている。高性能車が持つ特別な所有欲を満たすだけでなく、”操る喜び“が愛着を一層高め満足感を与えてくれるからだ。ドライバーに過度な負担を強いることなく、極限の性能を穏やかに提供するこの特性は、まさに「能ある鷹は爪を隠す」という日本の美学に通じるものがある。
NSXの優しさは、最高の技術力を背景に人を中心に考えるというホンダの哲学を具現化した、時代を超えて愛されるべき名車の証しと言えよう。
NSXオーナーがなかなか手放さない理由
もちろん、NSXの走りは間違いなくスポーツカーそのものだ。軽快なターンイン、低い重心がもたらす旋回性能、レスポンスの良いエンジンフィール。走り出した瞬間に、ミッドシップのメリットは存分に感じられる。
にもかかわらず、乗り味にはとげとげしさがなく、日常生活では驚くほど自然で馴染む。この“馴染む”という感覚こそ、NSXという車の本質ではあるまいか。
多くのスーパーカーが、まるで誇示するかのように性能を押しつけてくる一方で、NSXは必要な時にだけ牙を見せる。
街中では静かに穏やかにしているのに、サーキットへ持ち込んだ瞬間、「お前、こんなにすごかったのか!」と驚かされる。押しつけがましくないけれど確実に高性能。この二面性は、他のMR車ではあまり見られない。
MR車は本来、不便さと引き換えに得られる走りの楽しさが魅力だ。走りを通じて”機械と対話する時間“を楽しむことこそがMR車の醍醐味と言えるのだ。だがNSXはその楽しさを残しつつ、不便さだけを極力排除している。
「他のMRは“俺に合わせろよ”という雰囲気があるが、NSXはこちらに合わせてくれる」
そんな感覚が、NSXを手放すオーナーが極端に少ない理由の一つとなっているのかもしれない。


