“成果主義の正しさ”を証明する試金石
つまり、藤吉郎にとって、この任務は千載一遇のチャンス。
「やったがや! 大沢を説得すりゃあ、いよいよ俺も侍大将だがね。もしかして武将も夢じゃにゃあかも!」
成功すれば、足軽頭から一気に侍大将へと駆け上がれる。もしも、失敗しても最悪「使えん奴だった」と切られるだけだ。つまり、ハイリスク・ハイリターンの個人戦。失うものが少ない者にとって、これほど魅力的な賭けはない。あくまで個人的な問題である。
ところが信長は違う。信長にとって、この任務は組織改革の試金石。藤吉郎が成功すれば、「ほら見やあ、成果主義は正しかったがや」と証明できる。古参の家臣も、新参者も、「結果を出しゃあ評価されるんだて」と信じるようになる。
だが、もし藤吉郎が失敗したら?
「だから若造はあかんって言ったろ?」
古参の家臣たちが一斉に反発する。成果主義は机上の空論だったと見なされ、組織改革は頓挫する。そして、京都から注目されている今、このタイミングで失敗すれば、信長自身の威信も地に落ちる。
「藤吉郎の成功を祈るしかなかった」
「しょせん、今川義元を討ったのは運だったんじゃにゃあか?」
そんな噂が広まれば、ハリボテがバレる。つまり信長は、組織の命運、自分の威信、そして美濃攻略の成否、すべてを藤吉郎一人に託してしまったのだ。だから、「任せたわ」と言った瞬間から、信長の心配は止まらない。
「本当にあいつで大丈夫かや……?」
自分が「任せたわ」と大見得を切った手前、今さら撤回はできない。一般的には「魔王」として知られる信長だが、実際には藤吉郎と寧々の夫婦喧嘩を仲裁する手紙が残っているくらい、繊細で気配りのできる人物である。部下の家庭問題にまで首を突っ込むような性格だ。
となれば、組織の命運を賭けた大勝負を若手に任せた今、心配で夜も眠れなかったはずだ。しかも、この任務。いうなれば、ライバルの支店にのこのこ出かけて「店丸ごと、ウチの会社に移らない? 支店長も社員もそのまま雇いますよ」というようなものだ。せいぜい「成功すればいいなあ」くらいのギャンブルである。
「あいつ、ちゃんと準備しとるかや?」
「大沢を説得する筋道、立てとるんかや?」
「まさか、いきなり城に乗り込んで失敗しとりゃせんか?」
信長の頭の中は、そんな心配でいっぱいだっただろう。だが、もう口出しはできない。「実力主義」を掲げた以上、若手に任せた仕事に上司が介入するわけにはいかない。信長はただ、藤吉郎の成功を祈るしかなかったのである。

