「喜久雄を演じるのは吉沢亮しかいない」

映画「国宝」は、李相日監督が「主人公の喜久雄を演じるのは吉沢亮しかいない」という強い思いから制作されている。

吉沢亮自身は、映画「国宝」のプログラムで次のように述べている。「振り返ればすごく不思議な日々でしたし、いっさいの妥協を許さない李監督の現場は苦しさの記憶が強いんですけど、完成した『国宝』を観て『李さんを信じてよかったな』と心から思いました」と。

長崎のやくざの一家で育ち、上方歌舞伎の女形として大成していく喜久雄を演じる上で、吉沢亮は「どこからきたのか……出自が分からないようなたたずまいがいい」と高く評価されていた。

確かにこの映画の成功は、喜久雄を演じる吉沢亮が、長崎の訛りを抱えながら大阪・京都で、上方歌舞伎の所作を身に付けていく、寡黙な佇まいにある。「曾根崎心中」で二役を演じ、「鷺娘」を踊る吉沢亮の姿は、観客を強く引き付ける妖艶な力を宿していた。

横浜流星と心中するような気持ちもあった

過去の吉田修一原作の映画でも、主演俳優が重要な役割を果たしている。映画「悪人」(2010年)で長崎の土木作業員・祐一を演じた妻夫木聡や、映画「横道世之介」(2013年)で長崎から上京した大学生・世之介を演じた高良健吾など、主役の存在感が映画を牽引している。妻夫木も高良も巧みに長崎弁を話し、のんびりとした雰囲気で、世間一般の価値観を相対化するような「感情の訛り」を体現している。

酒井信『吉田修一と『国宝』の世界』(朝日新聞出版)
酒井信『吉田修一と『国宝』の世界』(朝日新聞出版)

映画「国宝」では、長崎弁で喜久雄を演じた吉沢亮だけではなく、関西弁で俊介を演じた横浜流星も、陰影のある心情表現で作品に奥行きを与えている。喜久雄の配役とは異なって、李監督は俊介役の人選に時間をかけたという。

「候補に挙がった役者の中から絞りに絞って、プロデューサー陣とも相談しながら、『流星のひたむきさやストイックな姿勢に、もう1回懸けてみよう』と、心中するような気持ちもありつつ、彼に白羽の矢を立てました」と述べている。

横浜流星は、李監督の前作「流浪の月」(2022年)で好演しており、彼は「喜久雄が色っぽさなら、俊介は可愛らしさや華やかさだろうな」と考え、喜久雄と対照的な演技を意識したらしい。横浜流星は、2025年にNHKの大河ドラマ「べらぼう」で、江戸っ子の蔦屋重三郎を演じ、時代劇の表現の幅を拡げる演技を披露しており、映画「国宝」の大ヒットを後押しする役割を果たした。

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