歌舞伎界が驚いた映画のクライマックス

映画「国宝」のプログラムで、吉田修一は次のように述べている。「主人公は喜久雄ですが、俊介との関係性が映画では軸になっています。その彼らの間に因縁を生んだ『曾根崎心中』を、ふたりが織りなす日々のクライマックスに持ってくるという解釈も、鬼気迫る踊りと芝居も……本当に素晴らしくて、『お見事!』の一言に尽きますね」と。

「曾根崎心中」は大阪の曾根崎村の森で起きた、若い男女の情死事件を題材とした話で、現在の東梅田駅近くを舞台にしている。1703年に道頓堀の竹本座で上演され、醤油屋の手代・徳兵衛と女郎のお初が心中し、来世の愛を誓う物語は、人形浄瑠璃の演目としても人気を集めてきた。

歌舞伎指導を担当し、吾妻千五郎を演じた中村鴈治郎は、「曾根崎心中」をクライマックスに持ってくると聞いて「これは大変なことになるぞ」と思ったらしい。映画化が成立するのか、花井半二郎を演じた渡辺謙も「えっ、本当にできるの⁉」「どうやって映画にするんだろう……」と思ったというし、半二郎の妻・幸子を演じた寺島しのぶも、歌舞伎界の内側を知る人間として「本当にできるのかな……」と心配している。

吉田修一の小説『国宝』は上下巻の大作であり、登場人物も多く盛りだくさんの内容で、ストーリーを絞り込むことが難しい。脚本の奥寺佐渡子は「原作で好きだった場面やセリフも割愛せざるを得なかった」と述べている。

喜久雄と俊介の関係を「曾根崎心中」に投影

ただこの映画の成功は、喜久雄と俊介の愛憎半ばする関係を「曾根崎心中」に投影し、クライマックスを作った点にあるだろう。ロケ地の多くが関西であることからも明らかなように、映画「国宝」は大阪と京都を中心に発展してきた「上方歌舞伎」を主題としており、「曾根崎心中」はその人気作と言える。

李相日監督は、上方歌舞伎を主題として喜久雄と俊介の関係に焦点を絞った意図について、映画「国宝」のプログラムで次のように述べている。

「ストーリー的には血筋であったり、極道の息子であった喜久雄が歌舞伎の世界に飛び込んでくるといった要素が織り込まれているんですけど、光と影のように表裏一体のふたり=喜久雄と俊介が、どうやって互いの魂を“交歓”させていくかを舞台上で見せていくことに、本質があると考えていたんですね。そのためにもどの演目を選び、その演目の中でどこを抽出し、どのようにふたりの“魂の交歓”や『ともに歩む』姿をセットアップしていくか、脚本を開発しながら同時に考えていって。さらに俊介を誰に演じてもらうかが非常に重要な要素で、プロットの時点で人選を進めていきました」と。