喜久雄と彰子が行った昭和レトロなお店

また歴史的な建造物だけではなく、ドサ回りをする喜久雄と彰子が二人でハンバーグとオムライスを食べる京都府の「レストラン百花園」(1964年開業)も、昭和レトロの風情で人気スポットとなった。失意の喜久雄が屋上で踊る和歌山県の「ホテルいとう」も、観光地から遠い「ひと昔前の建物」だが、岩出の街の夜景に物悲しく映える。

主要なロケ地が京都府や大阪府、兵庫県や和歌山県など関西が多いのがこの映画の特徴で、映画「国宝」が大ヒットしたことは、今後、歴史的建造物の保全に貢献していくだろう。

「レストラン百花園」(公式インスタグラムより)

『国宝』の冒頭で描かれる料亭「花丸」のモデルは、1642年創業の長崎丸山の引田屋(現・花月)である。歌舞伎のルーツが庶民の芸能にあったことを考えれば、花月の舞台は京都の南座や歌舞伎座と共に、由緒あるもので、「地歌舞伎」の舞台として歴史がある。

長崎を代表する秋祭・長崎くんちは、1634年に丸山遊女の音羽と高尾が奉納した謡曲「小舞」に起源を持ち、龍踊りや阿蘭陀万歳など賑やかな出し物の数々は「地歌舞伎」に似た雰囲気を持つ。

何気ない場所の描写を考察してみると…

これらの点に着目すると、『国宝』で描かれた花井半二郎と俊介の「血統」と、喜久雄の突然変異的な「才能」の対立は、解消できるものである。喜久雄は「血統」には恵まれなかったが、「地歌舞伎の血統」を引き継いだ上で、「才能」を開花させたのだ。

花井半二郎は、花丸の舞台で喜久雄の才能を見いだした時点から、「地歌舞伎」の歴史を念頭に置いていた、と私は解釈している。映画「国宝」の冒頭で「関の扉」が引田屋の舞台で上演される場面には、地歌舞伎らしい庶民に開かれた余興の賑やかさが感じられる。

吉田修一は、「パーク・ライフ」の日比谷公園のように、何気ない場所の描写に深い意味を込めるのが上手い。喜久雄は「鷺娘」や「曾根崎心中」など、1700年代から受け継がってきた歴史ある演目を通して、庶民の芸能の伝統を背負い、才能を開花させたのだ。

長崎で生まれ育った人々にとって、この歴史ある旧遊郭街の風景は身近なものである。長崎や京都など映画「国宝」の聖地に足を運び、喜久雄と俊介の「成長の舞台」を体感してもらえると嬉しい。