そして三つ目の要素が「悲」です。仏教で「慈悲」と言いますが、「慈」とはプラス思考の励ましの言葉です。戦後の日本は「頑張れ」という励ましの言葉ばかりが持てはやされ、「悲」というものが捨て置かれてきました。悲しんだり、嘆いたり、泣いたりするのは全部マイナス思考であって、ネガティブなマイナス思考は免疫力を下げて、自然治癒力も落ちるというような言い方をされてきた。

人生において最も重要なしめくくりの季節である遊行期。『遊行の門』(徳間書店刊)は、人は生きているだけで価値があるというメッセージに満ちている。『凍河』(平凡社刊)は、1970年代、朝日新聞連載中に絶大な共感を集めた恋愛小説の改訂新版。
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人生において最も重要なしめくくりの季節である遊行期。『遊行の門』(徳間書店刊)は、人は生きているだけで価値があるというメッセージに満ちている。『凍河』(平凡社刊)は、1970年代、朝日新聞連載中に絶大な共感を集めた恋愛小説の改訂新版。

私はそんなものは迷信だと思います。テレビの瞬間芸を見て鼻先でフフッと笑ったぐらいでは治癒効果などありません。滂沱と涙を流して泣いたことのある人だけが腹の底から笑うことができる。人は「慈」と「悲」を両手に持って走らなければいけないのです。

本居宣長は人は生きている限り悲しい目に遭うと言っています。悲しいときにどうするか――。悲しみから目を逸らさずに悲しめと宣長は言います。悲しいと思え。そして悲しいと呟け。人にそれを語れ。歌にも歌え、と。

そうすることによって自分の中の悲しみを引き剥がして客体化することができるし、それを乗り越えられる。しっかりと悲しみを確認しない限り、人は悲しみを引きずって生きなければならない。悲しみを声に出さないで無理をして明るい笑顔をつくろうとするから本当の鬱になるのです。身も世もあらぬと身をよじって泣きじゃくるということを大事にしなければいけない。

この「憂」と「愁」と「悲」を大事にすることが鬱の時代の人間的な生き方だと思います。大変な勢いで成長して山を駆け上がっているときはそんなことを考えるひまはない。これからはその時間があります。民族としての成熟とはそういうことであり、いま、我々は成熟するチャンスに差しかかっているのです。