「楽しい職場」でも過重労働なら倒れる

「メディアでウチの会社が叩かれているんですけど、ウソばかりなので怒っています。ご説明したいのですが」

今年6月、大学の教え子からこんなメッセージが届いた。この会社は週刊誌などで「ブラック企業」の代表格として報じられていた。彼女は新卒で入社したその企業での日々を心から楽しんでいるし、仕事を辛いと感じたことはないという。仄聞するかぎり労働環境には問題が多いようだが、人によって感じ方は違う。彼女からはまだ直接聞き取れてはいないが、「楽しい」と思って一生懸命働き続けた結果、倒れてしまわないかが心配だ。

いま「ブラック企業」が社会問題として注目を集めている。ひとつのきっかけとなったのは、労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」の今野晴貴代表の著書『ブラック企業』(文春新書)だろう。本書は10万部を超えるベストセラーとなった。今年9月には今野氏のほか弁護士や学者、労働組合らでつくる「ブラック企業被害対策連絡会(※1)」も発足した。私も人材コンサルタントとしてメンバーに入っている。

私は「ブラック企業」という新しい言葉には功罪があると考えている。

「功」は、若者の労働環境への関心が高まった点だ。コンプライアンスの世界では「セクハラ」「パワハラ」の2つを「セパ両リーグ」などと自虐的に呼ぶが、こうした新しい言葉が登場すると、嫌がらせに対する世間の目は厳しくなり、異議申立てもしやすくなる。

一方、「罪」は、冒頭で紹介した教え子のように、特定の企業や業種があいまいなイメージで叩かれてしまうところだ。就職活動中の学生たちは「あそこはブラックじゃないか?」という犯人探しに振り回されている。

こうした問題は日本の労働慣行の歪みともいえる。日本の雇用契約では入社してからどんな仕事をするのか、どんな部署で働くのか、などは分からないことが多い。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員は「空白の石版」と表現している。雇用契約それ自体は「空白」で、そのつど職務が書き込まれていくからだ。まるで「オセロ」のようなもので、白だと思っていたら、突然、黒になったりする。残念ながら黒から白に変わった例はあまり聞いたことがない。