青春をエスペラント語にささげた
「さすがに4時間では無理だろう」と思いながらも購入し、読んでみると、その不規則性がなく、だれでも学べるよう整理された言語に夢中になった。実際には、4時間では覚えられなかったものの、エスペラント語を通じてヨーロッパの言語の構造が理解でき、英語の成績も伸びていったという。
ただ、角少年にとって、英語の成績などもう二の次だった。もっとエスペラント語を学びたいと、市民講座に参加するように。「老後の趣味に」という高齢の受講生たちに交じり、せっせとその青春をエスペラント語学習につぎ込んでいった。当時の自分を振り返り「変わっていたんでしょうね」と角さんは笑う。
「エスペラント語に興味があるなら、ラテン語を学んでみたら?」。講座で知り合った言語学者の先生にすすめられ、東京・千駄ヶ谷の語学学校「アテネ・フランセ」に通うことに。ラテン語を学んでいくうちにどんどんその魅力にハマり、ついにはヨーロッパ留学を決意。
本音ではフランスに……と思っていたものの、比較的物価が安かったルーマニアのバベシュ・ボヨイ大学に「若気の至りで」留学。ルーマニアや隣国ハンガリーでラテン語を学ぶなか、より生きた、もっと奥深い言語に出会ってしまった。それが、ロマニ語である。
「明日」と「昨日」が同じ単語
ロマニ語の魅力とは? 角さん曰く「多様性」だという。
「言語だけではなくロマ文化全体に言えることですが、ロマは各国に散らばっており、その地域によってさまざまな方言があるんです。すべてがロマニ語であり、逆に言えば『これがロマニ語だ』と言えるものがない。そこが難しさでもあり、面白さでもありますね」。
放浪生活が由来なのか、ロマニ語には独特の原始的な感覚も残されているという。例えば、「明日」と「昨日」が同じ単語だったり、「1日」という単語が24時間を意味するのではなく、太陽が出ってから沈むまでを指したりする。
「人間の決めたルールよりも、自然発生的なものに従っているような言葉が多いんです。季節を表す言葉も、もともと冬と夏しかありませんでした。あとは、自分がいつ生まれたのか、年齢がはっきりしない人も多いです。放浪生活の名残と言うか、サバイバー的な感覚を彼らから感じることがあります。人間というのは本来、こういう感覚で生きていたんだろうな、と。自然と共存していた時代の感覚が、彼らに残っているんだなと感じます」
また、ロマは国に対する意識も薄い。例えば「ドイツに行く」という言葉はなく「ドイツ人のところへ行く」という。かつ、肩書も重視されない。職業を尋ねるときは「○○屋だ」ではなく「○○を作っている」と動詞で答えることが多いのだという。何者かどうかよりも、今何をしているかが重要なのだ。

