あえて危険な場所に赴くワケ
先のゴミの山での一幕は、ロマニ語研究を目的としたフィールドワークの一環だ。ロマは貧富の差が激しく、豪邸に住むような大金持ちもいれば、先のようにゴミの山に住む戸籍も持たない貧しい人もいる。
角さんが生きたロマニ語を研究するために接するのは、圧倒的に後者が多い。時には、犯罪が横行していたり、野犬がウロウロしていたりする危険な場所を訪れることもある。しかし、当の本人は「町はずれの孤立した地域にあるロマ・コミュニティの方が伝統文化をよりよく保存していることがある。なので、普通の人が行きたがらない場所は、かえってフィールドワークしやすいです。それに、フィールドワークは相手といかに打ち解けるかが重要なので、危険な目にあったら失敗ですから」と意に介す様子はない。
どんな場所に住むどんな相手であろうと、角さんにとっては等しくロマニ語の先生なのだ。角さんのフィールドワークの様子は著書『ロマニ・コード』(夜間飛行)にコミカルなエッセイとしてまとめられている。
しかし、角さんがフィールドワークするのは、日本人はおろか、アジア人さえほとんどいない地域である。突然、どこぞの日本人が「話を聞かせて」とやってきて、驚かれないのだろうか。
「驚かれます(笑)。よそ者が来ると貧しいロマの中には『うまくたかってやろう』『お金を取ってやろう』と考える人もいるんですけれども、私が彼らの母語で話しかけると、多分驚きのほうが強くて忘れちゃうんでしょうね。基本的には快く迎えてくれます」(角さん)
人生を変えた「人工言語」との出会い
かつては各地を放浪していたロマだが、現在はヨーロッパを中心に世界各国に定住している。パリなどの西欧の観光地を訪れたことがある人は、スリのイメージを持つ人もいるかもしれない。差別対象となることも多く、第二次世界大戦中にはナチス・ドイツによってユダヤ人と同様に迫害・虐殺された過去がある。
ルーマニアでもルーマニア人とロマの確執は大きく、トラブルも頻発している。だからこそ、見た目から明らかに外国人である“第三の存在”の角さんは、ロマから受け入れてもらいやすいのだという。
「あとは、言語は民族のアイデンティティの一つなので、ロマニ語を話すと親近感を持ってもらえますね。私の顔は全然ロマとは似ていないんですが『片方の親がロマなの?』と聞かれることもあります」
しかし、いったいなぜ、ルーマニアでそんなマイナーな言語の研究を?
そこには、角さんの生い立ちが関係している。本人曰く「あまり国際的ではない」家庭で少年時代を過ごした角さん。その分、外国文化、とりわけ言語への憧れを強く抱き「外国語が話せるって、どんな感覚なんだろう」と胸をときめかせていた。
しかし、実際に中学校で英語の授業が始まると、思わぬ壁にぶち当たる。さっぱり理解できず、授業についていけなかったのだ。そんな時、たまたま書店で手に取ったのが『4時間で覚える地球語エスペラント』という書籍だった。

