市場のないところに、市場をつくる。アジアの見知らぬ調味料を、米国の食卓に溶け込ませる。なぜそうした挑戦が成功したのか。1つの答えが、同社の人事政策にある。

茂木は海外事業を担う「グローバル人材」の要件として、「異文化に順応するのではなく、適応することが必要だ」と著書で述べている。

「適応性は順応性と違う。順応性というのは、一応適応はするが、元に戻らなくなってしまうことを指す。たとえば、アメリカに住んだらアメリカ人になってしまうということだ。適応性とは相手が変われば、それに応じて自分も柔軟に適応できる能力のことである。アメリカに住めばアメリカの文化に、ヨーロッパに行けばヨーロッパの文化に適応できる人でなくてはならない」(『キッコーマンのグローバル経営』)

具体的にはどういうことか。同社の海外事業を担ってきた2人のキャリアから、その手法を探ってみたい。

海外勤務は35年目「いつでもどこでも参ります」

島田政直 キッコーマン取締役常務執行役員
1950年生まれ。73年キッコーマン入社。78年米国法人に出向。2001年に欧州現地法人の社長に。12年より米国販売会社の社長を務める。海外生活は78年以来、通算35年目。

「私が入社した1973年にアメリカに工場ができたんです。『これはチャンスがあるかもしれない』と思って、入社5年目のとき『アメリカでしょうゆを売りたい』と上司に申し出た。まさか、それから30年以上も海外勤務を続けるとは思いませんでしたが」

キッコーマンの取締役常務執行役員で米国販売会社の社長を務める島田政直は、35年前に米国へ出向して以来、一貫して海外で働いてきた。

島田は大学卒業後の73年にキッコーマンへ入社。ワイン課に配属され、都内の小売店の営業担当となった。

当時、自宅は東京・世田谷区にあった。小田急電鉄の祖師ヶ谷大蔵駅から帰る途中、商店街を抜けた先で焼き鳥屋の前を通る。そのたびに、しょうゆの焦げたにおいが、鼻腔をくすぐった。

「しょうゆと肉の相性は抜群。店頭で肉をしょうゆで焼く実演をすれば、アメリカでも絶対に売れる」