感動も体験も“ミシュラン好み”で評価

「おいしさ」を評価するのもなかなか難しいことなのに、「居心地の良さ」「センスの良さ」「過ごした時の快適性」に格付けをするというのは相当ハードなことではないか。インスペクターの好みとしか思えないと、調査に違和感を持つ人もいるかもしれない。が、そもそも125年という長い歴史を有する会社だからこそ、心地良さや没入体験の奥深さ、価値といった、情緒的ともいえる評価を世界統一基準で行えるのかもしれないとも筆者は思うのだ。

ミシュラン社の調査で特徴的なのは、レストランでもホテルでも、インスペクターは全員、同社によって直接雇われた「社員」が務めるという点だ。覆面匿名の調査でありそのシステムは闇に包まれているものの、数カ月から1年を超える長期にわたって本国フランスでトレーニングが行われていること、食事や宿泊といった調査費用はすべて一般客と同様に支払われていること、インスペクターたちによる合議制によって調査結果が決定されることなど、簡単なようで世界規模で実行するとなると至難の業だろう。

今回の結果発表を見ると、やはり「ミシュラン」という巨人が持つ性格のようなものが表れているように思う。

世界中から集められたジャーナリスト数十名に対して、ミシュラン社の歴史や展望について説明がなされる中、匿名調査員の「声だけ登壇」が行われ、レストラン・ホテルに対してどのように調査トレーニングがなされ、調査に当たっているかが述べられた
筆者撮影
ジャーナリストにミシュラン社の歴史や展望が説明される中、匿名調査員の「声だけ登壇」が行われ、レストラン・ホテルに対してどのように調査トレーニングがなされ、調査に当たっているかが述べられた。50代後半と思しき落ち着いた声色の英国に暮らす女性だった。

郷に入っては郷に従うホテル選び

昨年の「ミシュランキー2024」を“キックオフ”だと位置付けるミシュラン社にとって、今回は真の意味でのファーストエディション。そのためか、去年掲載されたホテル・旅館でキーを落とした宿泊施設はなく、発表後に悲喜交々ひきこもごもの感情が入り乱れるのが常の、「ミシュランガイド」が記憶に新しい身としては、いたってハッピーな結果に感じられた。

世界合計では2457軒の宿泊施設がミシュランキーを獲得したとして公式サイト掲載されており、内訳としては3ミシュランキー143軒、2ミシュランキー572軒、1ミシュランキー1742軒という内容となっている。

そのうち日本の成績はといえば、合計128軒がミシュランキーを獲得。3ミシュランキー7軒、2ミシュランキー20軒、1ミシュランキー101軒というのは、この極東の小国の評価としてはなかなかに素晴らしい。グウェンダル・プレネック氏へのインタビューの中では何度も「OMOTENASHI」という言葉が繰り返され、日本発祥である旅館の文化が海外でかなり評価されていることが伝わってきた。

特に印象に残ったのは、海外インバウンドには多少不自由・不便ではないかと想像する畳や布団の文化や厳密な意味での日本料理、水着不可の温泉風呂なども素直に評価されていると感じられた点。例えば、静岡県伊豆市で500年以上の歴史を有する老舗旅館「あさば」が昨年の2キーからランクアップして3キーに仲間入りしたが、温泉、日本家屋、純和食といった日本文化そのままの美意識がグローバルのものとして喜ばれている証でもある。もちろんベッドルームや部屋付き露天風呂を設けるなど日本旅館に慣れない海外客への配慮はあるが、修善寺で静かな夜を過ごす価値が世界に認められたのはうれしい。

静岡県・修善寺の宿「あさば」
©あさば 出典元=ミシュランガイド公式ウェブサイト
静岡県・修善寺の宿「あさば」。敷地以内には本格的な能舞台があり、長きにわたって日本文化をさまざまな形で旅人たちに伝えてきた。