11月25日、出向者による内部情報の無断持ち出しをめぐり、業界最大手の日本生命保険は役員の処分内容を発表した。東北大学特任教授で人事・経営コンサルタントの増沢隆太さんは「コンプライアンスの水準は従来にないほど高まっている。今回の一件は、コンプラ違反は組織存亡に直結するほどのダメージに至ることを示した」という――。
コンプライアンスの概念
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日本を代表する生保会社で起こった不正

11月18日、日本生命の完全子会社のニッセイ・ウェルス生命保険は、2金融機関(三井住友銀行とみずほ銀行)に出向していた9人が計943件の情報を無断で持ち出したと発表しました。

日本生命でも三菱UFJ銀行への出向者による内部情報の無断持ち出しが判明しており、社内調査で約600件の不正持ち出しが確認されていました。内部情報の無断取得は、ニッセイ・ウェルスと合わせ1500件超に上ります。

これまでも大手企業でアルバイトの店員が、店を訪れた有名人についてSNSで自慢したり、住所など個人情報を盗み出したという事件は過去にあり、多くはその犯人の特定や家族の個人情報までさらされるネットリンチに遭うなど大炎上に至りました。

今回の事件はアルバイトの愚かなやらかしではなく、日本有数の巨大企業の社員によるものであり、その罪深さの方がより深刻です。

個人情報や業務情報は企業の秘密であり、他社がそれを違法にアクセスするなど許されることではありません。今のような厳しいコンプライアンスが言われる前から、当然であり常識でした。しかしそれが、日本最大の生保グループで起きたことは衝撃です。

日本最大かつ世界でも著名な「セイホ」の象徴企業の社員ですら、重大なコンプライアンス違反をしていた点が、日本企業におけるコンプライアンスの現在地を象徴しているように思います。

新浪氏に問われたものとの共通点

個人の欲望や利益のためではなく、業務上の成果を求めて情報を不正に取得するのは、かつて「産業スパイ」などとも呼ばれました。日本生命としては、会社としての意思や指示を否定していますし、それを確かめることはできません。

一方、今回の件について毎日新聞は、日本生命の社内集会で銀行へ出向している自社社員のことを、(自社から派遣されている)スパイと呼んでいたと報じています。(2025年10月11日 毎日新聞「銀行出向者は情報取る『スパイ』 日本生命社員が明かした不正の実態」)

11月20日の続報では、これに対し日生の赤堀直樹副社長は社内調査に「記憶にない」と説明していたことを明らかにしたと言います。「何か、そういうことを醸し出すようなことがあったのではないかと推定している」と言葉を濁しています。(2025年11月20日、毎日新聞)

とはいえ逮捕者が出た訳でもなく、会社が否定する以上、問題ないのでしょうか。筆者が既視感を覚えたのは今年の夏、突然辞任したサントリーHD・元会長の新浪剛史氏でした。

新浪氏は、違法性が疑われる成分の入ったサプリメントを私的に注文したなどの疑惑が浮かび、サントリーHDのCEOを辞任しました。決して逮捕された訳でも起訴された訳でもありません。財界の一角、経済同友会代表幹事でもあった新浪氏は、その後同友会代表幹事も退くことになりましたが、ここで問われたものが今現在のコンプライアンスなのだと思います。

今回の日生の件については、会社としてスパイ行為を否定していることもあり、役員が辞任すべきかどうかは筆者は判断できませんが、日本を代表する企業の社員には、明確な犯罪や違法行為ではなくとも、高い倫理観を求められているということです。法律ではないため、あくまで広義のコンセンサスです。しかし非常に厳しい水準の倫理観が問われているのが今のビジネスだといえます。