金融政策を考えるカギ「時間不整合」とは
しかし、多くの国で裁量的に金融政策が行われてきたのが事実である。ルール対裁量に関する議論において、中央銀行が、労働市場の需要と供給が均衡するという自然失業率水準よりも下回って失業率を減少させるためには、雇用契約の締結時の予想インフレ率に基づく名目賃金率や労働時間を含む雇用契約が設定されたのちに、実際のインフレ率を高める方法しかない。雇用契約が設定されたのちに、実際のインフレ率が高まると、実質賃金率が低下することによって企業が雇用量を増大させる誘因が高まる。一方で、すでに労働時間が雇用契約の中で設定されていることから、実質賃金率が低下したとしても、すでに雇用契約を締結した労働者は雇用契約通りに働き続けなければならない。予想されないインフレ率を裁量的に引き起こすことによって、GDPおよび雇用が増加しうる。
このように、予想インフレ率よりも高い率で物価を上昇させることによって自然失業率以下の失業率が達成されることから、金融政策によって低いインフレ率を選択して、家計や企業の予想インフレ率を引き下げておいて、次の段階において、予想されないインフレを引き起こすという金融政策をとる可能性がある。このような裁量的な金融政策は時間を通じて一貫したものとはならない。このような金融政策を「時間不整合」と呼ぶ。
授業で挙げる「時間不整合」の例として、学生に勉強をさせるために次回の授業で小テストを行うぞと予告するものの、小テストの採点が面倒だから、実際には小テストを行わないというものがある。このような「時間不整合」の小テストは、最初は効果を上げるかもしれない。しかし、何度も繰り返していると、小テストは行われないのだと学生たちが合理的に予想して、学生が勉強してこなくなる。このように、「時間不整合」の小テストは、短期的には有効かもしれないが、長期的には効果をもたらさなくなる。なお、このような「時間不整合」の小テストの長期的効果を理解している筆者は、授業では「時間不整合」に小テストを予告しないので、学生諸君は予習・復習に励まれたい。
ところで、これまで中央銀行がインフレ率および家計や企業が抱く予想インフレ率を直接にコントロールできるかのように書いた。しかし、実際には、価格はその生産物の需要と供給によって決まることから、インフレ率でさえも中央銀行が直接にコントロールすることはできない。生産物市場において中央銀行は需要者として生産物を需要するわけでもなく、供給者として生産物を供給するわけでもない。また、中央銀行は、生産物の価格に対して規制を課しているわけでもない。