パニックは起こらなかった
4万人が死亡し、4万6000人が負傷した。100万棟の建物が、破損、あるいは完全に破壊された。市内のイーストエンドと呼ばれる地区は、一面の焼け野原となった。これらすべてこそ、まさにイギリス政府が恐れていたことだ――しかし、ただ一点、ロンドン市民の反応だけは予想外だった。
パニックはまったく起こらなかった。ロンドンの街外れに建設された精神科病院は軍の病院に転用された。なぜなら、患者がまったくいなかったからだ。多くの女性と子どもは、爆撃が始まると地方に疎開した。しかし、市内にとどまる必要があった人たちは、たいていそのまま残った。
爆撃に無関心になるロンドン市民
ザ・ブリッツと呼ばれるロンドン大空襲が続き、ドイツ軍の攻撃がさらに激しさを増していくと、イギリス政府はあることに気がついた。驚いたことに、ロンドン市民は、勇敢だったのはもちろん、どこか爆撃に対して無関心になっているように見えたのだ。「1940年10月、私は空爆を受けた直後のサウスイースト・ロンドンを車で走った」と、あるイギリス人精神科医が終戦直後に書いている。
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