イギリス人固有の現象ではなかった

この現象は、たいていイギリス人特有の精神とされる「スティッフ・アッパー・リップ」で説明される。これは「固く閉じた上唇」という意味で、困難にも負けない強さを表現する言葉だ(驚くようなことではないが、この説明をいちばん好むのはイギリス人自身だ)。

しかし、すぐに明らかになったことの1つは、このような態度を見せるのはイギリス人だけではないということだ。他の国民も、空爆に対して予想外の強さを発揮した。さらに明らかになったのは、空爆には、誰もが考えるような影響力はないということだ。

そして戦争が終わり、この謎がついに解明されることになる。答えは、カナダ人精神科医のJ・T・マッカーディによる『士気の構造(The Structure of Morale)』に書かれていた。

マッカーディによると、空爆を受けた人は3つのグループに分類される。第1のグループは、空爆で死亡した人。彼らは言うまでもなく、空爆をもっとも悲惨な形で経験した人たちだ。

しかしマッカーディも指摘するように(もしかしたら少し冷淡かもしれないが)、「コミュニティの士気は生き残った者たちの反応に依存する。その観点で考えれば、死者を考慮する必要はない。これは明白な事実だ。死体は走り回ってパニックを広げたりはしない」ということだ。

第2のグループは、彼が「ニアミス」と呼ぶ人たちだ。

彼らは爆発の衝撃を体感する。破壊を目撃し、殺戮さつりくに恐怖し、おそらく自らも負傷するだろう。しかし彼らは生き残り、心に深い印象が残る。ここでいう「印象」とは、爆撃に関連する恐怖反応をさらに大きく補強することを意味する。それは「ショック」につながるかもしれない。ショックとは大雑把な表現であり、呆然ぼうぜんとした状態から、感覚の麻痺まひ、神経が張りつめた状態、実際に目撃した恐怖にとらわれた状態まで、すべてを含んでいる。

リモートミスが生む「不死身感」

そして第3のグループは、ニアミスに対して「リモートミス」だ。ぎりぎりで死を免れたニアミスに対して、リモートミスは、たしかに爆撃を経験したが、直接的な被害はなかった人たちをさしている。

彼らも空襲警報を聞き、敵の爆撃機が上空を飛び交うのを見て、爆発音も聞いている。しかし爆弾に直撃はされなかった。爆弾は彼らのいない道に落ちるか、あるいは隣のブロックに落ちた。彼らにとって、空爆の結果は、ニアミスのグループとは正反対だ。

彼らは生き残った。それが2回目か3回目にもなると、爆撃に関連する感情は、「自分は不死身だという感覚に味つけされた興奮」になると、マッカーディは書いている。

ニアミスの経験は、あなたにトラウマを残す。リモートミスの経験は、あなたに「自分は無敵だ」と思わせる。