朝ドラ「あんぱん」は9月26日に最終回を迎え、世帯平均視聴率は18.1%と番組最高を記録した。朝ドラ好きのコラムニスト・矢部万紀子さんは「記憶に残るシーンがたくさんあった。ただ、後半からの“夫を支える妻”に違和感があり、ヒロインに共感しにくくなった。結婚の価値観が揺らぐ中で、朝ドラが“夫婦愛”を描くことの難しさを物語っている」という――。
『NHK連続テレビ小説 あんぱん 下』プレスリリースより
画像=プレスリリースより

河合優実が演じる“蘭子”を贔屓にしていた

「あんぱん」最終回前日の129話(9月26日)。ヒロインのぶ(今田美桜)の妹・蘭子(河合優実)は、キューリオの社長・八木(妻夫木聡)から指輪を渡された。戦死した豪(細田佳央太)と戦後に出会った八木との間で苦しんできた蘭子だったが、幸福はすぐそこだ。

同時に不安が頭をよぎる。蘭子は難民キャンプの取材に行くという。つまり飛行機に乗るということ。まさか、事故?

蘭子は向田邦子さんがモデルだという説がもっぱらだった。河合さんの昭和な雰囲気は、確かに向田さんを思わせた。だから、51歳で亡くなった向田さんの最期、飛行機事故が頭をよぎる。まさか蘭子も? いえいえ、最終回で幸せな蘭子&八木を見られるよね。

そう信じていたのに、最終回、2人の出番なし。えーーー? 期待は9月29日から4話連続の「あんぱん特別編」だ。予告の動画や写真を見たが、蘭子と八木の姿は見当たらない。えーー、そんなー。

と、のぶでない話から入ってしまった。夫で「アンパンマン」の作者・嵩(北村匠海)の話でもない。蘭子を贔屓にしていたのだ。蘭子の口数の少なさが好きだった。言葉は少ないけれど、仕草で感情が伝わってくる。豪への恋心も、八木との距離も。河合さんはうまい。

後半から見えてきた、のぶと嵩の“主従関係”

もう一つ、蘭子から始めた理由がある。後半ののぶのこと、書きづらかった。「アンパンマン」誕生に向け、嵩が前に出て出番が減った。それはしょうがないとしても、のぶが「嵩を励ます人」になってしまった。これが、かなりきつかったという話を書いていく。

後半ものぶは一生懸命だった。漫画家として世に出てほしい一心で鉛筆を削り、懸賞漫画に応募するよう勧め、速記でメモを取っていた。だけど、そういうのぶを見ても、「いいぞ、いいぞ」とならない。

前半ののぶは「いいぞ、いいぞ」の人だった。前へと進む女性だったからで、その象徴が足の速さだった。走った先に愛国少女、愛国教師があり、夫との死別を経て、新聞社の雑誌記者、国会議員秘書になった。自分の足で、何者かになろうとしていた。それが消えてしまった。

転換点ははっきりしている。8月11日に放送された96話、のぶが嵩の髪を切る場面だ。三星百貨店という一流の職場をやめ、漫画に専念する嵩。アパートの小さい庭で髪を切りながら、のぶは嵩に言う。「仕事がなかったら、私が嵩さんを食べさせちゃるき」。

それまで「嵩」だったのが、「嵩さん」になった。「え?」と嵩自身が驚いている。「嵩さんはこれから有名な漫画家の先生になるのに、呼び捨ては失礼やろ」とのぶ。その頃は秘書として働くのぶの葛藤も描かれていた。だけど、やがてのぶは仕事をやめる。そうせざるを得なかったこともきちんと描かれていたけれど、家事をするのぶの「嵩さん」には主従関係の気配を感じてしまう。