気をつけているのは、疲弊しそうなものはやらないのと、自分よりできる人がいるものはやらないこと。あと、経営者が深くコミットしているかどうかは見るようにしています」

数年で日本に帰る赴任者を除くと、移住3年目の木島は日系社会においてまだニューカマーの部類に入る。しかし、すでに現地では存在感を示している。

「日本商工会議所の観光流通サービス部会で副部会長をやったり、日本人会でクラブハウス部の部長をやったりしているからでしょうか。普通は日系の上場企業の偉い人が役職を務めるのですが、みなさんがやりたがらない仕事はなぜか僕のところに回ってきます。

クラブハウス部長の仕事は本当に地味ですよ。電球を取り替えたり、壊れた自動ドアの修理を手配したりする。ただ、コンサルタントの仕事というのは、あの人に相談してみようと思われないと始まらないし、何より『木島さんのおかげで助かったよ』と言われると、自分もうれしい。これまでも、頼まれたことは好きだとか嫌いだとか言わずに引き受けるようにしてきました。それが最後はビジネスになると思っています。

人とのつながりは重要です。僕の場合、『この仕事は何がきっかけで始まったのか』ということは、いつも振り返るようにしています。すると、つれていってもらったバーで隣に座っていた人が日系企業のトップで、のちに仕事につながったというようなケースがけっこうある。だから人間関係づくりには、お金を惜しまないようにしています。と言っても、飲み代と交通費ですが。あと声をかけてもらったら、持ち出しになってでもできるだけ会いにいく。

仕事と遊びを分けないことも大事と思っています。よくワークライフバランスといいますが、僕にとってはワークとライフは一緒です。フィーをもらえるからこの時間は仕事、そうでないからこの時間は休みと分けると、ボランティアの仕事や人間関係も『ビジネスになるかどうか』という発想になってしまいます。

この国は前向きな人が多くて、毎日が楽しい。僕は気温で活動のレベルが変わるタイプで、冬の東京だと行動力が鈍ってしまう。その点、こちらは暖かくて、暗くなんてなれません」

(文中敬称略)

ツリーアイランズ シンガポール社長 木島洋嗣 
1975年生まれ。上智大学卒後、アメリカのNPOで国連本部の政府間交渉支援の仕事などに従事。99年、リクルート入社。地域に関連する様々な政策の立案や、新卒採用、人材育成、教育事業などの研究開発にも関わる。2004年、独立。09年からシンガポールにて、日系企業のアジア進出、アジア統括機能設立コンサルティング、生産性向上コンサルティングを行う。
(村上 敬=構成 葛西亜理沙=撮影)
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