当時は阪神淡路大震災からちょうど10年が経とうとしていた頃。大災害に遭遇した経験を持つホテルマンがいるうちに詳しい話を聞いておこうと考えた。さらに神戸にある「人と防災未来センター」という施設で学んだことも取り入れ、震災対策マニュアルを作成。そのプロジェクトに参加していたのが、広報課長の小松崎宇弘だ。マニュアルづくりにあたっては、社長の小林哲也をはじめとする経営陣に「もっと具体的に」と叱られながら表現を練っていったという。

「たとえば『迅速に行動する』という表現では抽象的すぎる。誰がどうするかまで具体的に書かねば、非常時に使いものにならない。『A非常階段の扉を開ける』と書いたなら、それは誰が開けにいくのかというような細部まできちんと詰めておくことが求められました」

マニュアルが完成したのは約2年前。その前からも定期的に防災訓練を続けている。24時間・年中無休のホテル業では全館一斉に訓練を行うことは難しいが、年2回は大がかりな自衛消防訓練を行い、そのほかにも年5~6回、職場単位の訓練がある。

ホテルを利用する立場からはなかなか見えにくいが、ホテル業は「顧客の命を預かる」という重大な責任を負う仕事である。お客の安全・安心はホテル側が最も経費をかけ、重視する点だ。何ごともなくて当たり前。何かあってはならない。

「たとえば帝国ホテルの客室の家具は、すべて角が丸くなっています。暗闇の中でお客様が歩き回っても、ぶつかって怪我をしないように」と小松崎はいう。これらすべての備えが、あの3月11日に生きた。