「がんの国」を訪れた者からのアドバイス
死にゆく人は一人ひとり違う。だから、その人の望みに合わせて行動することが基本になる。聖書の言葉や新しい治療法を求めている人もいるかもしれないし、大勢の人にお見舞いに来てほしいと思っている人もいるかもしれない。もしそうなら、できる限りその要望に応えてあげよう。
そのことを踏まえたうえで、僕は自分と同じように「がんの国」を片道切符で訪れた仲間たちとの会話を通して得た、いくつかのアドバイスを紹介したい。他に情報がないのなら、まずはこれらを参考にしてみるのも悪くないと思う。
僕たちのような境遇にある人たちは、あなたに自分の望みを伝える余力がない場合もあるし、望みを伝えることであなたを怒らせたくないとも思っているかもしれない。そのことを覚えておいてほしい。
これから紹介するアドバイスには、「すべきこと」よりも「すべきではないこと」のほうが少し多くなっている。その中には、少し厳しいものもあるかもしれない。「すべきではないこと」のどれかをしたことがあるという人がいても(僕自身も、何度かしてしまったことがある)、あまり気にしないでほしい。死を迎えようとしている人は、相手に悪意がないことを知っているはずだから。
連絡を取ることをためらう必要はない
連絡を取る
これが一番のアドバイスだ。手遅れになるまで待ったり、何か悪いことをしてしまわないかと心配したりしないでほしい。死を迎えようとしている者にとって、誰かが自分のことを想ってくれていると知るのは素晴らしいことだ。僕は、自分のがんが発見された後も、いつまで経っても連絡をしてきてくれない何人かの知り合いのことを頭に浮かべて「なんでだろう?」と悲しい気分になったことがある。
そんなときは、その人は死を恐れているのかもしれないし、どんな言葉をかけていいのかわからないのかもしれないと自分に言い聞かせた。僕の差し迫った死が、その人にとってのトラウマを呼び起こしたのかもしれない。
あるいは、その人自身が僕に連絡する余裕もないほど辛い時期を過ごしていたのかもしれない(だから、末期患者の人には、「誰が連絡をくれたか、くれなかったか」についてあまり気にしないようにすることをアドバイスしたい)。それでも、連絡をもらえるのはやはり嬉しいものだ。僕は、親しい人であれ、30年間連絡を取っていなかった人であれ、メッセージをもらうのが大好きだった。
ただし、連絡するときは、相手にそれをどう受け取られるかを少し考えてみよう(それから、突然電話をかけるのではなく、まずはメールやメッセージ、手紙を送ってほしい。その理由は、次に説明するように、突然相手のいる場所を訪れるべきではないのと同じだ)。以下に、いくつかのヒントを紹介する。もちろん、これは直接会う場合にも当てはまる。

