『真珠湾収容所の捕虜たち』 #戦争 #太平洋戦争 #書籍抜粋 2025/08/21 9:00 #1 #2 ハワイの捕虜収容所所長が「捕虜は恥、死んだほうがまし」と嘆く日本人の「軍国教育」を解くために行ったこと 武士道はいつしか玉砕を賛美する「犬死の奨励」にすり替えられた PRESIDENT Online オーテス・ケーリ +フォロー 同志社大学名誉教授 前ページ 1 2 3 4 5 ここから先は無料会員限定です。無料会員登録で今すぐ全文が読めます。 今すぐ無料会員登録 プレジデントオンライン無料会員の4つの特典 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信 約5万本の無料会員記事が閲覧可能 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能 記事をブックマーク可能 ログインして続きを読む 【関連記事】 B-29から撒かれた「日本語ビラ」はこうして作られた…米軍の作戦にハワイの日本人捕虜が進んで「協力」したワケ 戦争が終わって、新たな地獄が始まった…英軍によって「飢餓の島」に抑留された日本兵が口にしたタピオカの味 こうして日本は対米戦争へ突き進んだ…名参謀・瀬島龍三が語った「旧日本陸軍エリート集団」の不協和音 その日、硫黄島には「喜びの天水」が降った…慰霊に訪れた天皇陛下が旧島民の子孫にかけた「予想外のお言葉」 だから国民は「愛子天皇」を待ち望む…専門家が指摘する「継ぐ者」に求められる何よりも重要な資質 1 2 3 4 5 オーテス・ケーリ(Otis Cary) 同志社大学名誉教授 1921年小樽生まれ。同志社大学・アーモスト大学名誉教授。14歳で進学のためアメリカに帰国し、42年、アメリカ海軍日本語学校に入学。真珠湾の陸海軍情報局に情報将校として配属され、戦場に赴いたのち、ハワイの日本人捕虜収容所長に就任する。アーモスト大学卒業後の47年、アーモスト大学から同志社大学に派遣される。51年イェール大学大学院で修士号取得。79年まで同志社アーモスト館の館長、92年までアーモスト大学代表を務めたほか、国際文化会館理事としても日本の国際化に貢献した。87年に勲三等瑞宝章を受章、89年に京都市文化功労者として表彰された。著書に『ジープ奥の細道』(法政大学出版局)、『日本との対話 私の比較文化論』(講談社)など。2006年逝去。 <この著者の他の記事> B-29から撒かれた「日本語ビラ」はこうして作られた…米軍の作戦にハワイの日本人捕虜が進んで「協力」したワケ 関連記事 B-29から撒かれた「日本語ビラ」はこうして作られた…米軍の作戦にハワイの日本人捕虜が進んで「協力」したワケ 戦争が終わって、新たな地獄が始まった…英軍によって「飢餓の島」に抑留された日本兵が口にしたタピオカの味 こうして日本は対米戦争へ突き進んだ…名参謀・瀬島龍三が語った「旧日本陸軍エリート集団」の不協和音 ランキング 1位 1回10分・室内でもできる…整形外科医が「姿勢も血流もよくなる」と勧める"肋骨ウォーキング"の効果【2026年1月BEST】 ランキングをもっと見る 社会 #戦争 #太平洋戦争 #書籍抜粋