いま幸福に生きている人は、この幸福を守りたいと思い、守り切れると信じます。しかし、そうはいかないのです。地震、津波、台風、洪水といった自然の猛威に触れれば、永遠に続くと思っていた幸福がひとたまりもなく吹き飛んでしまう。命も同じです。人間は生まれてきたら必ず死にます。死ぬために生まれてくると言ってもいい。幸福が永遠に続かないように、命も永遠ではないのです。
世の中は常に変化し、人生には予期せぬことが起こり、そして、人間は必ず死ぬ。こう覚悟しておけば、度胸が据わります。大変な災害に遭おうと、会社をリストラされようと、「ああ、これこそ世の習い」と感じることができれば、あわてふためくことはありません。
お釈迦さまは、「この世は苦である」とおっしゃいました。生きることは苦しいと。しかし、この世は苦であると最初から思っていれば、どんな苦しみにも耐えられます。苦だと決まっているのだから、じたばたしたって仕方がない。
「『一切の形成されたものは苦しみである』(一切皆苦)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である」(ダンマパダ=法句経)
耐え忍ぶことを、「忍辱(にんにく)」と言います。お釈迦さまは、苦にはひたすら耐えよとおっしゃった。苦に耐え抜いたとき、きっと予期していなかった心の平安が与えられるのでしょう。
1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒。63年『夏の終り』で第2回女流文学賞受賞。73年得度。92年『花に問え』で第28回谷崎潤一郎賞、2006年度文化勲章受賞。近著に『生ききる。』(共著)、『奇縁まんだら』。