11年7月に開かれた決算説明会では、全72枚のうち、右肩上がりのグラフが使用されたシートは25枚もあった。逆に右下がりのグラフは、自社の支払利息の減少など3枚しかない。ソフトバンクがナンバーワンの分野を示したのは13枚。このような“背景”の前でカリスマ経営者が成長戦略を語れば、プレゼンの効果は絶大だ。
巧みな言い換えとは、詭弁や誇大表現とは異なり、ある視点を与えるものだ。「メモリ容量32PB(ぺタバイト)」ではなく「新聞3.5億年分」のように、身近な数字に落とし込んで納得を呼ぶことがその中心となる。
環境の変化を長期的な時間軸で示すのも、歴史好きの孫さんが得意とするところだ。「18年にコンピュータ・チップの容量が人間の脳を超える」といったトピックはそれ自体が興味をひき、ソフトバンクの展望も長期の時間軸でアピールすることができる。
本番30秒前まで手直しはつづく
緻密に計算されたスライドシートは、多大なエネルギーを費やして作成する。
「孫さんはシート作成を他人任せにはしません。スタッフを集め、どのような内容にするかホワイトボードにアイデアを出しながらまとめていきます。その過程でデータなどの情報が必要になると、該当部署の担当者が会議室に呼ばれます。出張中でも、海外駐在中でも会議システムにつながれ、応答を求められるのです。『持ち帰って検討』ということはなく、あらゆることがその場で決まっていきます」
アイデアを固めたあと、シートに落とし込む作業も並大抵ではない。プレゼン前の数日間は、三木さんたちが徹夜作業で進め、本番スタートの30秒前まで会場で手直しがつづくことも珍しくなかったという。
孫さんがメモを一切見ないでプレゼンできるのは、アイデア出しからシート作成まで、全プロセスにコミットしているからだろう。他人任せの資料を読みあげるのとは比較にならない説得力が生まれるのは当然といえる。