一方、社外からのアポイントの申し入れについては、鈴木とのスケジュール調整の前に、事前リサーチが絶対欠かせません。先方との「関係値」、つまり関係の価値が今どんな状態にあるのか、関係部署から情報を吸い上げます。鈴木の耳に入っていない情報もあります。公平な情報を公平に提示し、ボスと日程を調整するのが秘書の役割です。

お客さまとの関係値は、お茶をお持ちするときに、場の雰囲気からも察知できます。2010年はセブン-イレブンの商品のロゴやパッケージデザインを統一するため、鈴木はアートディレクターの佐藤可士和さんと何回も面談を重ねましたが、佐藤さんの考えに非常に共感している様子がひしひしと感じられました。

当社の場合、秘書の仕事は広範囲に及びます。鈴木が関わることすべて、つまり、会社に関係することすべてに注意を払わなければなりません。そのため、朝出社すると、セブン-イレブンとイトーヨーカ堂の前日の業績や会社の株価などの数字は欠かさずチェックします。そして、鈴木と朝一番のスケジュール確認の際、数字について必ず会話します。例えば、売り上げが前年比105%であれば、その理由について話し、認識や情報を共有するのです。その際も気は抜けません。数字についてのわたしの考えがストライクゾーンから外れて、鈴木があまり同意を示さず、「んっ?」といった違和感のある反応をするときもあります。気を抜くと見逃してしまいます。この「んっ?」は何なのか。関係部署からも情報を集めて考え続け、改めて答えを鈴木に示して同意を得、きちっと腑に落ちるようにします。

手帳は3種類使う。“大”はデータ類、“中”は会議、予定は“小”

ボスと秘書が常に認識や情報を共有する必要があるのは、ボスの指示を秘書を介して各部に伝えなければならないこともあるからです。その際、秘書に求められるのは徹底して謙虚であることです。

秘書は概してボスから叱られることがないため、自分の力を勘違いしがちです。ボスの指示を各部に伝える際、本人はそのつもりはなくとも、横柄さが見え隠れしたら、秘書室長として部下をきつく叱ります。秘書は常に自分を律する気持ちを持たないと、指示を伝える相手と信頼関係を結べず、情報も上がってこなくなって、役目を果たせません。

わたしは鈴木に対しても、言葉は選んでも、絶対にウソはつきません。ボスもこの秘書はごまかしやウソはいわないという信頼関係があるから、聞いてくる内容がときにはシビアになることもあります。ボスと社内の各部を信頼関係で結ぶ役割も秘書は担っているのです。

(写真※注:“大”は各種データ類を網羅、会議全般は“中”1冊で完結。鈴木・藤本両氏のスケジュールを入れたGoogleカレンダーをiPhone、 iPadで閲覧し、紙に落として“小”に。年間スケジュールは毎秋、複数の手帳に書き込んで鈴木氏とシェア。変更のたびに古いものを廃棄し、新しいものを 鈴木氏に手渡す。)

セブン-イレブン・ジャパン 藤本圭子
玉川大学卒業後、エンジニアリング大手・外資系ホテルを経てセブン‐イレブン・ジャパン入社。20年以上にわたり鈴木敏文氏(現セブン&アイHLDGS会長兼CEO)の秘書を務める。現在、同社執行役員・秘書室長。
(勝見 明=構成 工藤睦子、大沢尚芳、山口典利=撮影)
関連記事
成功する女性キャリア、落ちる女性の働き方
有能秘書が見抜く「信用できない人」
鈴木敏文「私は『あがり症』だからこそ、成功できた」【1】
鈴木敏文「キュレーション」で顧客心理を掴む【1】
鈴木敏文流「疲れさせず、退屈させない営業話法」【1】