ちっちゃなチョコ片だからいい

ただ、僕の中で一番はトルコのパンではない。比べるのはナンセンスで、不毛で、くだらないうえに、多様性の時代にけしからん、というお叱りを甘んじて受けつつ、それでもあえて個人的一番のパンを挙げるなら、モロッコのバゲットだ。

この国もフランスの保護領だったせいか、クロワッサンやパン・オ・ショコラがパン屋だけでなく、普通の商店にも並ぶぐらい生活に深く溶け込んでいた。パン・オ・ショコラは四角いデニッシュ生地のパンに、チョコの筋が二本入った、日本では「チョコデニッシュ」などと呼ばれているあれだ。フランスでも非常に人気がある。このパンが好きでモロッコでも毎朝のように食べていた。

ただモロッコのそれはかぶりついてもチョコが出ない。はずれを引いたかな、と思いながらかじっていくと、ようやく黒い欠片に行き当たる。チョコの筋というよりチョコチップだ。1個10円から20円という値段を考えると妥当かもしれないが、少々寂しい。

しかし、雑貨や衣類がゴチャゴチャと積まれた商店街の小路や、そこを行き交う民族衣装姿の人々を眺めながら、いかにも庶民的なパン・オ・ショコラを食べていると、ちっちゃなチョコ片がいじらしく感じられ、チョコのありがたみがいや増してくる。結果、モロッコのパン・オ・ショコラは記憶に刻まれる。

バゲットなのにホットケーキの味わい

旅先で食べたものの印象は、街の空気も大きく関わっている。そんなモロッコで食べていたバゲットが、ときに「頬が落ちるとはこのことか!」と膝を叩きたくなるくらいうまかったのだ。

パン・オ・ショコラ同様、パン屋だけでなく普通の商店でも売られているのだが、その本当のうまさを知ったのは入国から数日たったある日、小さな田舎町でのことだった。

露店市を歩いていると、自転車でパンを売り歩いているおじさんがいた。本場フランスのものよりかなり細めのバゲットが自転車のカゴにぎっしり突き刺さっていて、遠目だと巨大な歯ブラシみたいだ。バゲットからは湯気が出ていた。焼きたてのようだ。

一つください。指を一本立てて頼むと、おじさんは10センチ四方くらいの小さな紙片をバゲットに巻いて自転車のカゴから抜き取り、渡してくれる。一応衛生に気を配ってパンを直に触らないようにしているらしい。

僕もその紙片ごしにパンをつかむ。紙を通してパンの熱が伝わってくる。半分に折る。パリッと音が鳴って湯気が上がる。かぶりつくと表面はバリバリと音をたてるが、中はもっちり、噛んでいると小麦の濃厚な甘味が浮き上がってくる。

何かの味に似ているな、と思った。あ、そっか。バッグからバターと蜂蜜を取り出し、バゲットの断面に塗ってかぶりつく。やっぱりそうだ、ホットケーキに似ているんだ。食べているととまらなくなり、リスのように頬を膨らませながら、あっという間にバゲット1本を平らげた。