同級生の多くは18歳の女性

63歳の春、晴れて東筑紫短期大学保育学科に入学。同級生の多くは18歳で、約90人のうち男性は緒方さんを含め7人だけだった。入学式では、新入生の席に着席したとたんざわめきが走り、いぶかしげな視線を一身に浴びた。

ただ、そんなことは緒方さんにとっては想定内。仕事がら多くの世代と接してきたため、10〜20代の若者に交じって学ぶことにも不安はなかった。ただひとつ心配だったのは、自分ではなくまわりの学生の方がカルチャーショックを受けるだろうということ。

「ご覧の通り、こんな風体ですからね。だから皆さんの楽しい学生生活を邪魔してはいけない、そのためにどうすべきかを考えて行動しようと思い定めました」

常に「怪しい者ではございません」「困ったことがあれば私がお助けします」という姿勢を見せるよう心がけ、女子学生に対しては苗字にさん付けで呼び、話し言葉はですます調を貫いた。

ここでは自分は完全なるアウトサイダー。それを十分に自覚した上での、緒方さんなりの方策だった。

同級生たちに試験対策に役立ててもらおうと、自家版「傾向と対策」を作ったこともある。試験範囲を「全部」と言う教員を理詰めで追求し、その攻防から得られた情報を基に想定問題を作成。参考情報として、独自取材でつかんだ担当教員の個性やクセも書き加えた。皆からは大いに感謝され、中には手の回らなかった部分を作ってくれる学生も現れた。

写真=岡村隆広
短大の保育学科の授業で手作りした“迷子の子猫ちゃん”(左)と、拳銃、手錠、警棒を持った“犬のおまわりさん”(右)を手にする緒方健二さん

「緒方さん、虫にさわれますか」

これで「頼れる人」という印象が浸透したのかもしれない。あるときには、女子学生が「緒方さん、虫にさわれますか」と尋ねてきた。聞けば女子更衣室にゴキブリが出て困っているとのこと。女子更衣室に入ることにためらいを感じたものの、その女子学生の先導を得て足を踏み入れ、手早くゴキブリを駆除してみせた。

「そんなこんながあって、皆さん段々と『こいつは危害を加えるビースト(野獣)ではないな』と思い始めてくれたようです」

最初は遠かった同級生たちとの距離は、日が経つにつれて縮まった。女子学生から「お友達になってください」と言われたり、男子学生から「女子の間でカワイイって言われていますよ」と聞かされたりもした。

おじさんに対する女子の「カワイイ」は最上級の親しみの表れと言えそうだが、そこでニヤけたりせず逆に気を引き締め直すのが緒方流。男子学生に対し、「根拠希薄な噂話を軽々しく口にするな。第一、そんなことで舞い上がるほどこちとらヤワじゃねえぞ」と釘を刺した。