創薬が実現する可能性は0.004%

【武中】エコノミー(経済)の観点で考えると、こうした治療は非常に高額。人間には必ず死が訪れます。自分が80歳になっていてもそうした治療を選択するのか。お金をかけた効果、費用対効果があるのか、考えてしまいますね。

撮影=七咲友梨
鳥取大学医学部附属病院の武中篤病院長(左)とアステラス製薬の岡村直樹社長(右)

【岡村】その通りです。我々が利用する医療資源(医療に関わる人、医療施設や医薬品、財源など)には限りがあります。武中先生が指摘した人的資源のほか、現在の医療保険制度の財政は大変厳しい状況にあります。

その上に高額な細胞医療、遺伝子治療の費用を乗せるというのは難しいです。一人ひとりが限りある医療資源を大切に利用し、将来にわたって治療を必要とする人が必要な医療サービス(医療・治療薬)を受けられる社会を実現したいと考えます。それが、我々の考える「医療のエコ活動」の普及を通じて目指す社会です。

【武中】製薬会社のエコノミーという点で言えば、新しく薬を作る創薬は非常に確率が低いと聞いています。研究を続けても製品となるのは2万5千分の1とか3万分の1だと聞きます。

【岡村】0.004パーセントぐらいでしょうね。薬というのは非常にユニークな商材だと私は考えています。洋服を例にとると、作り手はいい洋服を作ろうとします。買う人はそれを気に入ってお金を払う。使う人とお金を出す人は同一です。

ところが薬というのは決めるのはお医者さんで、使うのは患者さん、お金の大部分を負担するのは保険です。それぞれの観点からうまく折り合いをつけなければならない。

【武中】さらに創薬には時間がかかりますよね。基礎研究から始まって3つのフェーズの臨床試験(※1)をクリアしなければならない。製品化まで、10年から20年程度と考えていいですか?

【岡村】がんの薬のように少数の臨床試験で申請できるものだと10年を切ることもあります。一方で15年から20年かかる薬も存在します。今後は、低分子医薬(※2)はAI(人工知能)を使って基礎研究の期間が短縮される可能性はあるでしょう。

あるいは新型コロナウイルスのワクチンのように社会的ニーズが高まり、資源が集中的に投下された場合は早くなります。

なぜ「ドラッグ・ロス」「ドラッグ・ラグ」が起きるのか

【武中】アステラス製薬では医療のエコに関連して「ドラッグ・ロス」「ドラッグ・ラグ」の啓発活動も行なっていらっしゃいます。

【岡村】欧米で既に承認されているにもかかわらず、日本でなかなか承認されない新薬が相当数あります。これがドラッグ・ラグです。

【武中】ラグとは〈時間的ずれ〉の意味。

【岡村】ラグだけではなく、日本で開発されていない薬もあります。これがドラッグ・ロス。新薬の開発費は膨大です。そのため、グローバル(地球規模で)に(治験)データを集めて、各地域で申請承認するという国際共同治験を行います。

【武中】ドラッグ・ラグの一つの要因は、その国際共同治験に日本が参入できないことが少なくないこと。

【岡村】日本では臨床試験に必要な手続書類を日本語で提出しなければならない。手間がかかっているうちに、国際共同治験に乗り遅れてしまう。そうなると、日本だけで治験を行い、申請しなければならない。お金も時間も余計にかかります。そのため、本来、届くはずの患者さんに薬が届かないということが起きる。

加えて、医療資源の逼迫ひっぱくも関わっています。医療資源は有限です。より優先順位の高いところに医療資源をシフトしていかねば、最先端のイノベーション(技術革新)は生まれない。

【武中】医療資源とは、医療の提供に必要となる財源、人材、設備。我々も医療資源の優先順位をいつも考えています。