製薬大手のエーザイが米バイオジェンと共同で開発したアルツハイマー病の新薬が正式に承認された。ジャーナリストの村上和巳さんは「新薬にはアルツハイマー病の症状の進行を27%抑制する効果がある。症状の進行は抑制されるが、投与の効果を患者自身や家族が実感できるものではない。『夢の新薬』とは思わないほうがいい」という――。
エーザイと米バイオジェンが開発し、米国で「レケンビ」の名称で発売するアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」(=2022年8月23日、エーザイ提供)
写真=時事通信フォト
エーザイと米バイオジェンが開発し、米国で「レケンビ」の名称で発売するアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」(=2022年8月23日、エーザイ提供)

認知症の社会的コストは19兆円超にものぼる

2011年7月以降、10年以上にわたって新薬が登場していなかった認知症の原因疾患・アルツハイマー病に対する新薬が久々に登場する。厚生労働省は9月25日、国内大手製薬企業のエーザイと米バイオジェンが共同開発したレケンビ(一般名:レカネマブ)を正式承認した。

長らく新薬が登場していなかった中で、レケンビの登場は大きな前進で、患者やその家族からは期待が高まっている。しかし、あえて言えば、レケンビもアルツハイマー病の「夢の新薬」には程遠いのが実情だ。

先進国有数の超高齢社会を迎える日本では認知症患者が増加し続けている。国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)の研究では、国内の認知症患者数は2025年に約675万人、高齢者の約5人に1人になると推計。日本の高齢化のピークは2040年代と予測されており、当面患者数は増加の一途をたどる。

高齢疾患の中でも認知症に特徴的なことは、医療・介護従事者、家族の有形・無形の負担が大きい点だ。例えば高齢夫婦のどちらかが認知症になれば、配偶者やその子供の日常生活は介護に忙殺され、時には仕事を辞めてまで介護に専念することさえある。

厚生労働科学研究「日本における認知症の社会的コスト」では、認知症にかかわる医療費、介護費、インフォーマルコスト(家族による無償介護をコスト計算)の合計は2025年時点で19兆4000億円と試算している。これは国の年間所得税収入に匹敵し、日本社会全体で喫緊の課題とさえ言える。

認知症で最多を占めるアルツハイマー病とは

認知症は主にアルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症の3つの原因疾患があり、このうちアルツハイマー病が全体の約7割を占める。アルツハイマー病の原因は完全には解明されていないものの、「アミロイドβ」や「タウ」と呼ばれる異常なタンパク質が脳内に溜まり神経細胞を死滅させることが発症の一因と考えられている。

アルツハイマー病は、外出先での迷子、お金の取り扱いが不正確になる、物をなくす・想定外の場所に置き忘れるなどの症状が現れる「軽度」、家族を認識できない、新しいことを覚えられない、幻覚・妄想などが出る「中等度」、コミュニケーション能力をほぼ喪失する「高度」の順で進行する。

ここで原因の1つとして考えられているアミロイドβの蓄積と発症との関係の概略を説明する。まず、早ければ50代くらいから脳内でアミロイドβが溜まり始める。70代は神経細胞の損傷・死滅が本格化し、ほぼ問題なく日常生活を送りながらも物忘れの頻度が増えるアルツハイマー病発症前段階の「軽度認知障害(MCI)」になり、80歳代で軽度アルツハイマー病を発症する。アルツハイマー病は、このように20~30年をかけて本人も周囲も気づかないまま忍び寄ってくる。