被害者たちは今も悪夢にうなされる

元教諭の悪辣な犯行内容はそれだけにとどまらない。Mは校内で女児への性的暴行を加えた約10分後に、別の女児に対して性的暴行を加えることもあったことが、押収された映像の解析から明らかにされている。

さらに、複数の女児を同時に呼び出し、Mとのわいせつ行為を順番に撮影させることで、相互の羞恥心を軽減させるとともに、同じ秘密を持たせることによって、被害を口外しにくくさせたと、公判のなかでは指摘された。前出の司法記者は言う。

「被害に遭った女児の中には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断され、卒業後も通院を続ける者がいます。そうした被害女児の母親の一人は、公判での意見陳述において、『娘は今まで(親に被害を)言えなかったのは、嫌われると思った。捨てられると思ったからだと言っています。いまだに怖い夢を見てうなされたり、生きる意味がないとリストカットもした。娘の笑顔、これまでの生活を返してください』と訴えていました」

教師の父親を持つMは、広島県出身。岡山県の中高一貫校に進学してバレーボール部に入部した際に、同部の顧問に憧れて教育者を目指すようになり、国立大学の教育学部に入学していた。

家庭を持っても集め続けたもの

「Mは大学時代にはすでに少女を性の対象としており、当時から児童ポルノの写真集を収集していました。また、実生活でもデートを口実に誘い出した複数の小学生と性行為を繰り返しており、もし誰かに話したら、ビデオ撮影をした映像が表に出てしまうことを脅しの材料にして、口止めしていたことを供述しています」(広島県警担当記者)

そうした自身の歪んだ欲望を叶えるために、小学校教師という職を選んだとすれば、まさに確信犯的犯行とみるべきだろう。Mは中学校教師の妻(裁判中に離婚届が送付されている)との間で一児をもうけてからもなお、児童ポルノの収集を続け、勤務先で犯行を重ねていたのである。

「学校では情報系の授業でパソコンとかを教え、体育部の顧問をやっていましたけど、よく女子に触ったりするから、キモイとか言われて、嫌われていました。事件のことはテレビで知りましたが、同級生の誰かが被害に遭っていたかもと考えると、ショックです」(Mが勤務していた小学校の卒業生)