孤立に追い込まれた母親が起こした悲劇

言葉だけではなく、トイレット・トレーニングはもとより、歯磨きや衣服の着脱も時間と手間がかかり、「姉の場合はこれぐらいの年齢のときにはここまでできていたのに……」と発達の遅れが母親としては気になって仕方なかった。

年齢が大きくなるほどに他の同年齢の子どもとの成長の開きを感じ取り、さまざまな発達支援センターや教育相談機関に行き、発達検査なども受けさせた。しかし、まだ子どもの年齢も幼かったこともあり、どこに行っても発達障害とまでの確定診断はされず、「しばらく様子を見ましょう」と言われるだけだった。

橋本和明『子どもをうまく愛せない親たち 発達障害のある親の子育て支援の現場から』(朝日新書)

家庭においても、毎日子どもの様子を父親に報告するも、父親は「そんなに気にする必要はない」「思い込みすぎ」とさほど母親の話を熱心に聞いてくれるわけではなかったので、ますます母親は家の中でも孤立していった。

母親の育児ストレスが限界に達し、最終的にはベランダからわが子を突き落とすという虐待行為に及んでしまったのである。

この母親は決してわが子に対して憎くて虐待したわけではない。逆に、わが子のことが心配でたまらず、発達が停滞していることや将来のことを悲観的に考え、このままではわが子がかわいそうでならないと思い込んで殺害に至ったのであった。

そこに、家族の支えや周囲のフォロー、専門機関の支援がもう少しあればこのような事態にならずに済んだかもしれないと残念でならない。

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