勤務時間の20%を興味あるプロジェクトに使う文化

特許取得を第一に考えていると、自分の技術を共有し、役立てることを嫌がるようになる。そこでオードリーは、技術や特許ばかりに目を向けるのではなく、仲間が何を求めているのかを考えるようにした。

たとえば、コミュニティ内ですでに80%から90%のレベルまで完成している技術があり、自分がその技術に対する知識を持っている場合、足りない20%から10%を自ら完成させて連動させたり、あるいは必要に応じて修正するだけで十分だ。

互いの専門技術を共有し、協力して仕事をするというやり方は、旧来の従属関係を打ち破るものだ。肩書きで呼び合うこともなく、同じ研究テーマのために集まって、互いに協力し合えばいい。これこそ未来の働き方だと、オードリーの目には映った。

2005年のシリコンバレーには、すでに広く定着していた文化があった。勤務時間の20%を自分自身が興味のあるプロジェクトのために使うよう、社員に推奨するというものだ。誰でも自分で研究の方向性を決めることができ、上司の指示を仰ぐ必要もない。

グーグルはこのルールを取り入れていることを公にしていた。インテルやアマゾン、マイクロソフトなどから講演に招かれたオードリーは、今すぐ実現可能なビジネスモデルではなく、自分が興味を持っている仕事とは無関係のプロジェクトの話をした。

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理念を明確に記せば仲間が増える

オードリーにとって、シリコンバレーは紛れもない新天地だった。当時の台湾には、このような文化はほぼ存在しなかったからだ。台湾ではもともと純粋にソフトウェアだけを作るメーカーは少なく、ハードウェアの開発周期に合わせてソフトウェアを開発するのが主だったため、ソフトウェアのエンジニアも製造業的な思考から抜け出せていなかった。

社員にはオフィスでの勤務を求め、上司が帰るまでは帰れない。シリコンバレーの企業のように、勤務時間の20%を使って好きなことを自由に研究させるなど論外だった。

この印象深い体験を経て二度目の世界周遊から戻ったオードリーは、銀行のためにプログラムを書きながら、プログラミング言語「パール6」の開発を進める。このとき、すでに彼女の仕事に対する考え方は大きな転換を遂げていた。

オードリー・タン『オードリー・タン 私はこう思考する』(かんき出版)

一つ目は、「技術を持つ者」から「与える者」への転換だ。かつてはプログラムを書くのが非常に速かったが、現在は、重要なのは結果よりも過程の共有だと考えるようになった。

ブログに文章を書くときは、どんな推論に基づいてプログラムを開発しているのか、思考の道筋ができるだけわかりやすいように書く。結果、プログラムを書くスピードが落ち、生産性が低下したかに見えるが、思考と理念を明確に記してネット上に残すことで、より多くの人がオードリーの文章を参考にすることができる。

「理念を明確に語るほど、より多くの人が仲間になってくれます」