日頃の「無駄」が有事にモノを言う

京都大学大学院工学研究科教授 
藤井 聡氏

利己主義者が効率を追求してビジネスライクに当面の利益をあげる一方、利他性の高い人は商売抜きで幅広い会合に付き合ったり、得にならない役割を自発的に引き受けたりで、日頃は何かとても非効率な存在に見えるもの。

ところが、状況がひとたび「平時」から今回の大震災のような「危機」に変われば事態は一変します。利他主義者ほど変化に強いのです。平時の“無駄”が培った人脈や関係が対応策の選択肢を広げてくれるからです。日頃の無駄がノリシロとなり、環境の変化に対するしなやかさに繋がるのです。言わば、心理学的に証明された「損して得取れ」の科学です。

他方、損得勘定1本で来た利己主義者のほうは、変化に対して脆弱です。短期的には効率よく成果をあげますが、短期局所的な最適解ばかりを求めて無駄をカットしすぎた人間関係や会社は、条件がちょっと変わっただけで暗転します。金融工学の前提条件が崩れたバブル崩壊やリーマンショックでは、多くのガツガツした企業がピンチに立たされたのは記憶に新しいところです。

少し長い目で見れば、世の中に安定など存在していません。変化は必ず訪れます。だから、他者との関係が乏しいゆえに利己主義者は変化にも弱く、この意味でも長期的には必ず損をするのです。

最後にもう一度、図1を見てください。ある曲線をAさんの配慮範囲だと仮定した場合、あなたは横軸のどこに位置しているでしょうか。範囲の外にいるなら……Aさんにとって大事な人ではなく、それゆえよい交流にも恵まれず、範囲の内側にいる人々がもたらし合う恩恵にもあずかれません。同様に、Bさん、Cさん、Dさん……誰の配慮範囲にも入っていなければ、周囲から得られる恩恵も少なく、運のない人生とならざるをえないでしょう。

しかし、Aさんの曲線は不変でも、あなたのほうからAさんの配慮範囲内に移動していくことは不可能ではありません。あなたが自分の配慮範囲を広げればいいのです。関係の遠い人々にも思いを向けられる「いい人」に接すると、人は心を動かされ、その人と付き合いたいと思います。そうすれば、あなたはAさんのみならず、Bさん、Cさんにとっても「大事な人」となり、結果、幸運に恵まれる余地も増えていくのです。

京都大学大学院工学研究科教授 藤井 聡
1968年、奈良県生まれ。京都大学卒業後、東京工業大学教授などを経て現職。専門は都市・国土計画および公共政策のための心理学。著書は『なぜ正直者は得をするのか』『社会的ジレンマの処方箋』『列島強靭化論』ほか。
(成=小山唯史 撮影=澁谷高晴)
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