証明の第一歩はまさかの「妥協」

1970年代、2人の数学者リホ・テラスとコーネリアス・エベレットがそれぞれ独立に、それまでとは異なるアプローチを取り始めました。

NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学2』(KADOKAWA)

コラッツ予想は、例の操作を繰り返すと「すべての数」が「やがて1になる」という予想でした。そこでエベレットたちは、「すべての数」についての証明をいったん忘れ、「ほとんどすべての数」についての証明を目指すという「妥協」を行うことにしたのです。

少し難しくなりますが、2人はすべての数から一部の数を確率的に取り除き、その残りの数について、コラッツ予想を証明しようとしたのです。

では、この方法で、2人は証明に近づけたのでしょうか?

実は、2人はさらにもう一段階、「妥協」することになりました。

それは「やがて1になる」こともいったん忘れ、「自分自身より小さくなる」ことを証明するという「妥協」でした。

つまり2人は、次の定理を証明したのです。

ほとんどすべての自然数は、コラッツ予想の操作を繰り返すことで、
自分自身より小さくなる

このことは、まだ1に行くとわかっていない数、例えば100垓くらいの数について、操作を繰り返すと、いつかは自分自身よりも小さくなることが示された、ということを意味します。

こんな妥協した証明に意味はあるのか? と思われる方がいるかと思います。彼らの妥協は賢明な決断で、大きな進歩につながったのです。

数学者たちの惨敗宣言

彼らの論文発表からまもなく、フランスの数学者ジャン・ポール・アリューシュがもう一歩前進します。

アリューシュは1979年、次の結論にたどり着きました。

ほとんどすべての数は、コラッツ予想の操作を繰り返すと、
自分自身の約0.869乗よりも小さくなる

これはつまり、100垓くらいの数なら、いつかは1300京よりも小さくなることを示した、ということです。

そしてさらに15年後の1994年、スロバキアの数学者イバン・コレックが次の結論にたどり着きました。

ほとんどすべての数は、コラッツ予想の操作を繰り返すと、
自分自身の約0.7925乗よりも小さくなる

これは、100垓くらいの数が、いつかは27京よりも小さくなることを示した、ということになります。

「妥協」を重ね、コラッツ予想に挑み続けた数学者たち。しかし結局のところ、コラッツ予想の完全な証明にはまったくたどり着いていないと言わざるを得ません。そのため、数学者たちのほとんどは、「もう証明に挑むのは止めよう」と思うようになっていきました。

そんなときでした。コラッツ予想にものすごく近付いたと言われる証明が、ついに現れたのです。それは2019年のことでした。