伝説の「地中海式ダイエット」とはかけ離れているが…

食生活の変化は、1986年にスペインがEUに加盟した後に加速し、2000年には1人当たりの肉の年間供給量が4倍以上の110キログラム強まで増え、スペインはヨーロッパ第一の肉食国になっていた。その後、わずかに下り坂になり、2020年には枝肉の供給量は1人当たり約100キログラムまで落ちたが、それでもまだ、日本の平均値の2倍だ! そして、生鮮肉や厖大な量と種類のハモン(塩漬けにし、長期間乾燥させたハム)に乳製品も加わるのだから、スペインの動物性脂肪の供給量が日本の値の4倍に達するのは、少しも意外ではない(※18)。現在、スペイン人は日本人のほぼ2倍の植物油を消費しているが、1960年に比べると、この消費量は約25パーセント減っている。

所得の上昇は、甘い食品に対する従来の好みを募らせる一方であり、そこに炭酸飲料も入ってきたため、1960年以降、1人当たりの糖類の消費量は倍増し、今では日本の約40パーセント上の水準にある。一方、スペイン人のワイン消費量は確実に減っており、60年には1人当たり約45リットルだったのが、2020年にはわずか11リットルまで下がり、ビールがスペインで圧倒的に消費量の多いアルコール飲料となった。現在、スペイン人の飲食は、日本人の飲食とは大違いであり、大陸一の肉食国であるスペインの食生活は、質素で、菜食主義に近く、寿命を延ばすという伝説の地中海式ダイエットとは、似ても似つかない。

食生活が変化しても、寿命は延び続けている

だが、以前より肉も脂肪も糖類も多い食生活に加えて、心臓を守ってくれるはずのワインの消費の急減もありながら、スペインの心血管系疾患死亡率は下がる一方であり、寿命は延び続けている。1960年以降、スペインの心血管系疾患死亡率は、富裕国の平均よりも速いペースで下がっており、2011年には平均と比べて約3分の1少なかった。そして、1960年にはスペインの男女総合の平均寿命は70年だったが、それ以降、13年以上も延び、2020年には83年超となっている(※19)。これは、日本の平均寿命よりもわずか1年短いだけだ。

その1年のために、肉を半分に減らして、豆腐に替えるだけの価値が、果たしてあるだろうか? しかも、その1年は、心身の一方か両方が衰弱した状態で過ごす可能性が高いというのに。

バーツラフ・シュミル『世界の本当の仕組み』(草思社)

食べそこなうかもしれないものについて考えてほしい。紙のように薄くスライスした生ハムのハモン・イベリコ、見事にローストされた豚(マヨール広場から南に歩いてすぐのレストラン、ソブリノ・デ・ボティンで、300年近く前から作っている有名な料理ではないにしても)、茹でたタコにジャガイモやパプリカやオリーブオイルを合わせた美味しいプルポ・ガジェゴ。

これらは、真に生き方にまつわる判断だ。だが、結論はかなり明白だ。食生活は非常に重要ではあるものの、親から受け継いだ遺伝子や周囲の環境などを含む全体像の中の1要素にすぎない。だが仮に、健康で活動的な生活を伴う長寿を一般的な食生活にだけ帰するなら、日本の食事のほうがわずかに有利だが、バルセロナの人がしているような食生活を送っていても、結果はわずかしか劣らない。

原注

9:旧石器時代の人間の進化の物語については、以下を参照のこと。F. J. Ayala and C. J. Cela-Cond, Processes in Human Evolution: The Journey from Early Hominins to Neandertals and Modern Humans (New York: Oxford University Press, 2017).「旧石器時代ダイエット」の効能に関する主張については、以下を参照のこと。https://thepaleodiet.com/. このダイエットに関する偏りのない論評としては、以下を参照のこと。Harvard T. H. Chan School of Public Health, “Diet review: paleo diet for weight loss” (accessed 2020), https://www.hsph.harvard.edu/nutritionsource/healthy-weight/diet-reviews/paleo-diet/. 人をベジタリアンに、あるいはビーガンにさえ変えるばかりか、「まさに文字どおり、世界を救う」と約束する書籍には事欠かない。盛んに喧伝された作品を2つだけ紹介しておこう。J. M. Masson, The Face on Your Plate: The Truth About Food (New York: W.W. Norton, 2010) および J. S. Foer, We Are the Weather: Saving the Planet Begins at Breakfast (New York: Farrar, Straus and Giroux, 2019).

10:E. Archer et al., “The failure to measure dietary intake engendered a fictional discourse on diet-disease relations,” Frontiers in Nutrition 5 (2019), p.105. 現代の食生活の前向き研究に関する最も広範で、最も非難がましい意見交換については、以下を手始めに、4組の論評の応酬を参照のこと。E. Archer et al., “Controversy and debate: Memory-Based Methods Paper 1: The fatal flaws of food frequency questionnaires and other memory-based dietary assessment methods,” Journal of Clinical Epidemiology 104 (2018), pp.113-124.

11:これまで、最も広範囲に及ぶ論争は、心疾患における食物脂肪とコレステロールの役割に関するものだった。もともとの主張については、以下を参照のこと。American Heart Association, “Dietary guidelines for healthy American adults,” Circulation 94 (1966), pp.1795-1800; A. Keys, Seven Countries: A Multivariate Analysis of Death and Coronary Heart Disease (Cambridge, MA: Harvard University Press, 1980). それらの主張に対する論評と、主張の撤回については、以下を参照のこと。A. F. La Berge, “How the ideology of low fat conquered America,” Journal of the History of Medicine and Allied Sciences 63/2 (2008), pp.139-177; R. Chowdhury et al., “Association of dietary, circulating, and supplement fatty acids with coronary risk: a systematic review and meta-analysis,” Annals of Internal Medicine 160/6 (2014), pp.398-406; R. J. De Souza et al., “Intake of saturated and trans unsaturated fatty acids and risk of all cause mortality, cardiovascular disease, and type 2 diabetes: systematic review and meta-analysis of observational studies,” British Medical Journal (2015); M. Dehghan et al., “Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study,” The Lancet 390/10107 (2017), pp.2050-2062; American Heart Association, “Dietary cholesterol and cardiovascular risk: A science advisory from the American Heart Association,” Circulation 141 (2020), e39-e53.

12:1950~2020年の5年平均の寿命は、あらゆる国と地域ごとに、以下で閲覧可能。United Nations, World Population Prospects 2019, https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/.

13:日本の詳細な歴史的統計が、この傾向を記録している。Statistics Bureau, Japan, Historical Statistics of Japan (Tokyo: Statistics Bureau, 1996).

14:H. Toshima et al., eds., Lessons for Science from the Seven Countries Study: A 35-Year Collaborative Experience in Cardiovascular Disease Epidemiology (Berlin: Springer, 1994).

15:アメリカと日本における全糖類と添加糖類の消費についてさらに詳しくは、以下を参照のこと。S. A. Bowman et al., Added Sugars Intake of Americans: What We Eat in America, NHANES 2013-2014 (May 2017); A. Fujiwara et al., “Estimation of starch and sugar intake in a Japanese population based on a newly developed food composition database,” Nutrients 10 (2018), p.1474.

16:優れた入門書は、以下のとおり。M. Ashkenazi and J. Jacob, The Essence of Japanese Cuisine (Philadelphia: University of Philadelphia Press, 2000); K. J. Cwiertka, Modern Japanese Cuisine (London: Reaktion Books, 2006); E. C. Rath and S. Assmann, eds., Japanese Foodways: Past & Present (Urbana, IL: University of Illinois Press, 2010).

17:スペインにおける見かけの消費率は、以下より。Fundacion Foessa, Estudios sociologicos sobre la situacion social de Espana, 1975 (Madrid: Editorial Euramerica, 1976), p.513; Ministerio de Agricultura, Pesca y Alimentacion, Informe del Consume Alimentario en Espana 2018 (Madrid: Ministerio de Agricultura, Pesca y Alimentacion, 2019).

18:比較は、以下に基づく。FAO, “Food Balances” (accessed 2020), http://www.fao.org/faostat/en/#data/FBS.

19:心血管系疾患の死亡率については、以下を参照のこと。L. Serramajem et al., “How could changes in diet explain changes in coronary heart disease mortality in Spain――The Spanish Paradox,” American Journal of Clinical Nutrition 61 (1995), S1351-S1359; OECD, Cardiovascular Disease and Diabetes: Policies for Better Health and Quality of Care (June 2015). 平均寿命については、以下を参照のこと。United Nations, World Population Prospects 2019[邦訳『世界人口予測1960→2060』(原書房編集部訳、原書房、2019年)]

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