20万円の残高に印税が加わり、3000万円超に

ヒルズ族とかホリエモンとか、マネーゲームでのし上がった人たちがいるとは聞いたことがありますが、この人たちが動かす数十億円というお金は巨大すぎて実感できません。半面、名前くらいは知っている作家が年収1000万円だと聞かされると、心中穏やかではありません。

こういう金銭感覚を持っているのは、ひとつには子どものころの経験があるからだと思います。父は運送店を経営していましたが、外車を次々に買い替えるという見栄っ張りな趣味がありました。中流家庭なのに裕福さを装っていたのです。小説にも多少書きましたが、この父が事件を起こしたために僕たち一家はひどい目に遭いました。父のそういう趣味を見ていたから、いまだに成金趣味が嫌いだし、車に興味がなく運転免許も取っていないのだと思います。

ところで、2011年は芥川賞をもらったことで急激に収入が増えました。1月ごろには預金残高が20万円しかなかったのに、印税が入ったので3000万円を超えてしまった。これでもう腹いっぱいです(笑)。といっても、税金を払ったら、すぐになくなると思います。僕は毎月、清造の墓参で石川県七尾市へ通っていますから、そういうことにも使い、いい部屋に引っ越して家賃を払っていくと2年くらいでなくなる計算です。

もちろん運転免許は取りませんし、車も買いません。過去の受賞者で地方に家を建てた方がいるようですが、僕はそれもしないと思います。信念があるからではなく、単にお金の使い方を知らないのです。

同じように、僕の小説『苦役列車』について、誰かが「現代の『蟹工船』のように受け止められている」と書きましたが、この作品にイデオロギー色は一切ありません。主人公も格差社会は悪だとか、だから変えてやろうとか大きなことは望みません。小さな事ばかりを考えている。昔のプロレタリア文学の系譜を継いでいるようにいわれると、戸惑いを感じてしまいます。