有名大学の図書館では『毛沢東選集』が大人気
そんな現代中国の若者社会で、現状打破のシンボルとしての人気を集めているのが毛沢東である。
中国のトップ校である清華大学の図書館で、2020年に最も多く借りられた書籍は『毛沢東選集』だったという(前年も1位)。ちなみに2位も、『三体』や『1Q84』『百年の孤独』などの世界的ベストセラーを抑えて、共産主義文献の『エンゲルス全集』がランクインした。若者が地下鉄やカフェで『毛沢東選集』を読む画像を、こぞってSNSに投稿する現象も起きた。
さらに不満を持つ人たちの間では、「階級闘争を忘れるな」などの毛沢東の言葉も流行している。抑圧への抵抗と闘争を訴える中国国歌「義勇軍進行曲」や、労働歌「インターナショナル」の歌詞も、親体制派ではなくむしろ社会に批判的な若者の間でシェアされるようになった。
国民の言論統制に躍起の当局も、毛沢東の言葉や国歌・共産主義歌となると規制するわけにはいかない。やがて、地下に溜まったマグマが爆発する事件も起きる。
「資本主義が中国を駄目にした!」と叫ぶ若者
習近平政権のゼロコロナ政策への反発から、2022年11月末に中国各地で起きた白紙運動だ。この運動は、学生や知識人が「政治的に何も発言できない」ことを示す白い紙を掲げて集会を開いた行儀のいい社会運動と、過剰なロックダウン措置に反発して暴れた工場労働者や一般市民の騒動とが同時並行して起きた。ネオマオ系の若者が交じっていたのは、もちろん前者である。
ドイツの国際公共放送「ドイチェ・ヴェレ」の中国語版ウェブページによれば、同年11月27日夜に北京市内の亮馬橋で起きた白紙運動の現場で、群衆のなかに数人の毛沢東支持者がおり、『毛沢東語録』を引用して演説をおこなっていたという。
私自身、当時の運動参加者に近い筋から聞いたところでは、四川省成都市の現場で「資本主義が中国を駄目にした!」と叫ぶネオマオらしき若者がみられたという。11月30日に東京都内の新宿駅南口で在日中国人の若者がおこなった白紙運動集会にも、佳士事件の元参加者が加わっていたと聞く。
ちなみに、白紙運動は中国のあらゆる反体制派が相乗りした運動で、ネオマオではない反資本主義者やアナーキスト、フェミニスト、LGBT当事者、「支黒」と呼ばれる悪趣味系ネットユーザーなどのほか、ゼロコロナの犠牲の大きさに憤ったノンポリの若者も多数加わっていた。とはいえ、ネオマオが存在感を示していたことも事実である。
「救済の思想」として再発見された
習近平政権の成立以来、中国共産党は国内の自由な議論を片っ端から封殺してきた。前政権時代までは存在した、穏健な民主化議論や民間主導の社会改善の取り組みも、表向きはほとんど滅ぼされている。
ところが、その結果として想定外の事態が起きた。言論統制を徹底しすぎたことで、本来はカビの生えた体制教学だったはずの毛沢東思想やマルクス主義が、閉塞感に苦しむ若者たちから「救済の思想」として再発見されたのだ。これは体制側には、非常に危険で悩ましい事態だと言えるだろう。