アメリカの狙い

こうした地経学的な考え方が、「10・7」と呼ばれるアメリカの対中半導体輸出規制の強化の背景にある。この規制で導入された措置は主なものとして、第一に規制品目リストに、特定の先端半導体やそれらを含むコンピュータ関連の汎用品を追加する。また、特定の先端半導体製造装置の輸出も規制する。

これらの規制は中国に対する輸出の場合、「原則不許可」とする。さらに、アメリカの技術や装置を使って製造した製品などの輸出は、第三国で製造されたものであってもアメリカの規制が適用される(再輸出規制)。また、この規制はアメリカ人(米国籍を持つ個人やアメリカに登記する法人)にも適用される。

これまで、輸出管理は国際レジームによって決められた大量破壊兵器や特定の通常兵器の開発・製造にかかわる品目を規制し、国際社会における核などの不拡散のために存在するものとして考えられてきた。しかし、半導体を含むデュアルユース物質の輸出管理を行なう国際レジームであるワッセナー・アレンジメント(WA)【註1】にはロシアを含む42カ国が参加しており、そのすべてが合意する決定でなければ採択されない。

兵器の過剰な移転や半導体を含む関連品の輸出入を規制する国際レジームであるWAは、ただでさえ意思決定に時間がかかるうえ、ロシアのウクライナ侵攻によって合意形成が事実上不可能になってしまった。WAを通じて、中国に対する軍事的優位性を維持する目的で半導体の輸出規制を強化することは現実的ではない。

註1:通常兵器及びその関連の汎用品・技術の輸出管理を行なうもの。協議が行なわれたオランダのワッセナー市にちなんで名付けられた。/Wassenaar Arrangement

東京エレクトロンの存在感

そこでアメリカは「国際平和のための拡散防止」という輸出管理の目的に加え、「自国の国家安全保障と、自らの戦略的競争相手に対して優位性を保つために輸出管理を強化する」という政策に転換したのである。これが「10・7」が9・11と同様の衝撃を持って受け止められた理由である。

アメリカからすれば、半導体の設計やソフトウェアの部門では圧倒的な強みがあるため、その輸出を規制することで中国が先端半導体を作ることが困難になることが見込まれていた。

また、多くの半導体製造装置や機器に関してもアメリカの技術や装置を使わなければできないものが多いため、再輸出規制を適用することで、多くの先端半導体製品の中国への輸出は止められるという計算があった。

しかし、アメリカが再輸出規制で管理できないものを作っている日本とオランダに関しては、アメリカの規制が直接適用できないという問題を抱えていた。

日本企業である東京エレクトロンをはじめとする半導体製造装置メーカーは、アメリカの技術に頼らず独自の技術で装置を作っており、オランダもASMLという企業がEUV露光装置と呼ばれる先端半導体を作るのに不可欠な装置を世界で唯一、作っている。

赤坂Bizタワー、東京都港区赤坂5丁目(写真=Rs1421/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons