多面的な刑事ドラマ

一方で右京は、名探偵型の刑事の最たるものでもある。

『相棒』の基本は、毎回発揮される右京の博覧強記ぶりと鋭い観察に裏づけられた緻密な推理による事件の解決だ。そのモデルはいうまでもなくシャーロック・ホームズであり(右京自身英国の警察で研修の経験もある)、「もうひとつだけ」などと言いながら質問をしつこく繰り返すのはさながら刑事コロンボでもある。

ホームズもののモリアーティ教授よろしく卓抜な知能を駆使する連続殺人犯などとの対決もあり、大きな見せ場になってきた。

同じく、『相棒』はひとつの作品としても多面体的である。杉下右京は空気を読まないがゆえに孤高の存在だが、一方でこのドラマはタイトルが示すように、れっきとしたバディものでもある。

初代の亀山薫(寺脇康文)から4代目の冠城亘(反町隆史)へと相棒の地位は受け継がれ、そして現在は再び亀山薫が返り咲いているが、『相棒』というドラマは右京と歴代の相棒が最初は反目したりぎすぎすしたりしながらも、次第に互いの理解を深め、相手を不可欠な存在として意識するようになるプロセスを描く熱いバディものの常道を踏まえている。

作品に深みを与える“もうひとりの相棒”

そして『相棒』は、『踊る大捜査線』で確立された「警察ドラマ」の発展形でもある。警察内部の人物がこれほど色々な役職名つきで数多く登場するドラマも珍しいだろう。

部署や階級の異なる警察関係者がレギュラー的存在になっていて、物語の進展にそれぞれの立場で折にふれて深くかかわってくる。

そんな警察ドラマとしての側面を最も代表する存在と言えるのが、岸部一徳が演じる小野田公顕だろう。小野田の役職は最初の時点で警察庁長官官房室長、通称「官房長」。

警察庁が設置されている中央合同庁舎第2号館(画像=Wiiii/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons

階級としては警視監で、まさに警察組織の中枢にいる人物である。それもあり、警察の秩序、ひいては社会の秩序を維持安定させるために必要と考えれば、当面の事件の犯人をあえて見逃すことも厭わない。

それに対し右京は、背景になにがあり、逮捕が警察組織にたとえ大きな打撃をもたらすとしても、犯人を見逃すことは絶対にしない。要するに、小野田と右京の考える正義は本質的に相容れない。この両者の緊張感あふれる対立関係が、『相棒』という作品の世界に刑事ドラマ史上まれに見る深みを与えていた大きな要因だった。

ただし、小野田は単なる現実主義者ではなく彼なりの警察の理想も持っている。だから利害が一致するような場合には、2人は阿吽の呼吸で連携もする。その点、小野田は右京にとっての“もうひとりの相棒”でもあった。