【東出】そうだ、服部さんに死の瞬間についてまだ話していないことがありました。仕留めた鹿に駆け寄ると、まだゼイゼイ息をして、心臓はドクドクと脈打っている。それから息が途切れ途切れになり、鼓動がだんだんと弱くなり、痙攣します。その途中で緑の瞳の奥にある光が、スゥーと失われる瞬間を見るんです。あれが「事切れる」「魂が抜ける」瞬間なんじゃないかって。

【服部】それは瞳孔が開いたからじゃないのか。息が絶えても刃物を突き立てれば、筋肉は生体反応で動くよ。あれはまだ四肢に力が宿っている証拠だよな。細胞単位ならもっと長時間生きているだろう。魂が抜ける瞬間というのは、見ている人間がそう感じるかどうかの問題だと思う。俺には線引きはできない。

野垂れ死んで土に還りたい

【服部】死にたいかどうかで言えば、俺は死にたくないな。死ななきゃいけないのはわかっているけど、死にたくない。この文明社会のなれの果てを見てみたい。内臓の機能が低下して、投薬や医療機器で補填しながら生きながらえるのは面白くなさそうだから、延命治療は受けたくない。野垂れ死んで蛆に食ってもらうのが理想かな。

【東出】僕は、火葬は嫌ですね。たくさんの人がわざわざ車に乗ってやって来て、化石燃料を使って焼きっからしになるまで燃やされるのは、いろいろもったいなさすぎて。だから死期が近くなったら僕を山の上のほうへ連れて行って、放っておいてほしい。そしたらいろんな動物たちが、僕を食ってくれるから。これだけ環境に負荷をかけて生きているのだから、せめて死んだらそうありたい。でも現実には、法律がそれを許してくれません。

【服部】わかった。そのときは俺が担いで山奥に捨ててきてやるから、心配するな。

【東出】ちょっと、どう考えても服部さんのほうが先に逝くでしょ! 19歳も年下の僕が老衰で死にそうな状況で、服部さんはピンピンして僕を担いで山を登れるんですか?

【服部】今はまだ自分の体がイメージどおりに動いている。この状態を少しでもキープできるように、けっこう気を使っているんだよ。でも、いつ大怪我して動けなくなるかもしれないし、病気を患うかもしれない。延命治療は望まないけど、俺の意識がない間に生命維持装置に繋がれてしまったらやっかいだなあ。

【東出】大丈夫です、師匠。そのときは僕が、コードやらチューブやらを全部引っこ抜きに行きますから!

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。 

(構成=渡辺一朗)
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