予定を立てると山では死ぬこともある

【東出】今住んでいるこの山には、猟場として服部さんに連れてきてもらいました。帰りに車がパンクして、携帯の電波も入らないので困っていたら地元の人に声をかけてもらいました。そこから交流が始まって「空き家もあるから、住んじゃえば?」って。

【服部】ここらへんには山の中でウロウロしている若者がいると、声をかける世話焼きのおっさんがいるんだよ。空き家や廃屋は日本中どこでもゴロゴロある。ただ、ネットや不動産屋ではなかなか出てこないし、あってもシステムが絡むと値が高くなる。土地へ行って縁ができれば貸してもらえる。で、どう? ここに住んで。

【東出】楽しいです。それにすごくラクになりました。晴耕雨読だし、人の生活に日の出と日の入りがとても大事なのを知りました。朝は明るくなったら目が覚めて、家の仕事をあれこれやって、日が沈んだら出歩かない。雨の日は犬もダラァとしているし、鹿も出てこない。人間は雨でも働くけど、本来はグダァとしていたほうがいいのかも――ちょっとオオバ採ってきます。

撮影=宇佐美雅浩
東出氏の自宅。対談をしながら食事を振る舞ってくれた。

【服部】今日は雨だから、自然に合わせるならこの取材も延期すべきだったね。自然に合わせて暮らすなら、未来の約束なんてできないんだ。これは角幡君(唯介、探検家)が言ってたんだけど、イヌイットに明日のことを聞いたら全部「ナルホイヤ」って返されるらしい。

【東出】ナルホイヤは「わからない」という意味でしたっけ?

【服部】直訳するとそうだけど「予定は立てちゃいけない」っていう戒めのニュアンスが含まれているらしい。予定を立てたら実行しようとしてしまう。自然相手だと、それが命取りになることがある。現代人は雨程度なら社会が回るシステムをつくった気でいるけど、人間が生物であることからは逃れられない。

人間にだって強いやつと弱いやつはいる

【服部】俺は3年前までサラリーマンをやりながら登山をしていたんだ。同じフロアにどうしてもウマの合わない人がいてイヤになって、それで会社辞めた。もう繁殖(子育て)は終えたし、残された時間も少ないから、人間関係で我慢するのはやめたんだ。今の世間では、年収400万円以下はまともな社会人じゃないみたいな価値観だけど、その価値観になじめない人は都会じゃ相当しんどいだろう。

オオバを切る東出氏。(撮影=宇佐美雅浩)

【東出】全員が自分の生きたいように生きられるわけじゃありません。システムの中にいると忘れがちだけど、自然界は本質的に残酷で、食うか食われるかを繰り返している。人間にだって強いやつと弱いやつがいるのは当然です。

【服部】となると、悩んで死んじゃうやつがいてもしょうがないか?

【東出】ある程度は。一人一人を思うなら、もちろん誰にもそんなふうになってほしくない。けれど、全体で見たら人間は残酷にいろんな動物を殺しています。人間だけが弱肉強食の摂理から逃れて生きられるとは思いません。ただ、自死を選ぶほど心が疲弊しているなら、迷わずその場から逃げたらいいと思います。動物は逃げます。

【服部】自分が所属している世界がすべてと思わないほうがいい。嫌だったら会社なんか辞めて、廃屋に住めばいい。