「52万円」を7名で負担した判例
2 公立高校の教職員ら7名に損害の5割を負担させたケース
2つ目の裁判例は、公立高校の校長1名と教職員ら6名、合計7名に損害の5割(約52万円)を負担させたというものです(東京地判平成29年6月29日LEX/DB文献番号25555146)。
この事例は、校長1名、保健体育科主任教諭であり、かつ、プール管理責任者をしていた教員1名、保健体育科主任教諭の教員3名、経営企画室長の職員1名、同室主事で光熱水費担当者の職員1名の合計7名それぞれに不注意があり、他方で、それぞれの重過失までは(少なくとも積極的には)認定されていないというケースです。
このケースでの7名の負担割合までは明らかにされていませんが、52万円を7名で割ると1人あたり10万円以下となり、負担額はある程度低いものになっているといえます。排水バルブを閉め忘れた人1名だけに52万円全額を負担させるのではなく、水の管理体制について組織的な過失があったものとして、7名全員に負担させている点は妥当とも考えられますが、他方で、軽度の過失があった担当者にまで溢水分の損賠賠償責任を負わせるのは妥当ではないという考え方もありうるでしょう[細谷越史「労働者の損害賠償責任」土田道夫=山川隆一(編)『労働法の争点』(有斐閣、2014年)42頁参照]。
学校の教職員の多忙化問題も考慮されるべき
以上のとおり、プールの水の溢水事故に関する裁判例は、特に、茨城石炭商事事件判決の判断枠組みの考慮要素のうち、③施設の状況、④被用者の業務の内容、⑦加害行為の態様(特に重過失があるか否か)、を特に重視し、⑧加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度も多少は考慮するという傾向があるということがいえるでしょう。
ところで、2016年に文部科学省が行った「教員勤務実態調査」によると、いわゆる「過労死ライン」(月80時間以上の時間外労働)を超える教員が、小学校で約3割、中学校で約5割であることが明らかになっており、近年、教員の多忙化が社会問題になっています[石井拓児ほか「[座談会]教職員の多忙化問題――法学と教育学から考える」法学セミナー773号(2019年)25頁〔内田良〕参照]。学校職員についても同様の問題があるでしょう。
そして、今日においてもこの多忙化問題は解消されていませんので、このような事情も、茨城石炭商事事件判決の判断枠組み⑨の「その他諸般の事情」として明示的に考慮されるべきであり、損害の公平な分担という見地から信義則上、学校の教職員らの損害賠償責任を減額あるいは否定する方向で考慮されうるものというべきです。
また、公務員であっても憲法25条1項に規定される健康で文化的な最低限度の生活を営む権利は当然保障されています。ですから、このような教職員個々人の生存権や生活にも十分に配慮して賠償範囲を限定し、あるいは、特に重大な過失がないような教職員については賠償責任を負わせないようにするという運用が適切だといえます。