「誰でも楽しめるものにしたい」という信念

キースの活躍の舞台となったのは地下鉄構内の使われていない広告版。落書きは違法なので、2、3分で描いては電車に飛び乗るという「サブウェイ・ドローイング」です。「誰にでも楽しめるアートを届けたい」というキースの気持ちにあった表現スタイルでした。それまでも地下鉄はグラフィティの発信地でしたが、キースの作品にはキャッチーでシンプルなキャラクター性がありました。そして、逮捕される度に有名になるというスリリングさも相まって話題になったのです。

あっという間に人気は高まり、サブウェイ・ドローイングを始めた翌年には初個展を開催します。そして、1982年現代アートでは重要なドイツの国際展「ドクメンタ」に、翌年はイタリアのべネチア・ビエンナーレに参加します。アート界での評価が高まると同時に、音楽界やファッション界からのデザインのオファーも絶え間なく来るようになり、世界的ミュージシャンであるマドンナやデビッド・ボウイのジャケットデザインなども手掛けています。

キースは、世界各地で壁画を描いたり、子どもと一緒にワークショップをしたり、デザインしたグッズを販売したりしました。「アートを誰でも楽しめるものにしたい」という信念に基づいていた結果ではないでしょうか。次第に社会的なメッセージも多くなりました。そして31歳の時、エイズで亡くなったのです。

Point
ストリート・アートは「みんなのためのアート」の表現となった。
キース・ヘリング(写真=ハーグ国立文書館所蔵/Rob Bogaerts (Anefo)/CC-Zero/Wikimedia Commons

オークション中に破壊された世界初の作品

もはや知らない人は、いないのでは? と思う現代のストリート・アーティストがイギリスを拠点に活動するバンクシーです。正体は明かされていませんが、世界中の都市の壁をキャンバスにして、神出鬼没の作品を発表しているヒーロー的存在となっています。

作風は、ステンシルと呼ばれる型紙を用いたグラフィティ。2018年、代表作『風船と少女』が、サザビーズのオークションで約1億5000万円で落札された瞬間、額の仕掛けによって、シュレッダーがかけられ細かく切断されたこともありました。これはもとは、イスラエルとパレスチナを分離する壁に描いた風船少女シリーズの一部でしたが、オークション中に破壊された世界初の作品となりました。

他にもディズニーランドをパロディー化した悪夢のテーマパーク『ディズマランド』、パレスチナの分離された壁しか見えないことを皮肉って作られた『世界一眺めの悪いホテル』を手掛けるなど、常にアート業界の話題をさらっています。

最近では、新型コロナウイルスの現場で闘う医療従事者を、おもちゃの看護師で遊ぶ少年の姿として描いた作品『ゲームチェンジャー』を発表。さらにこの話題作をサウサンプトン総合病院に寄贈し、そのオークション落札額が1670万ポンド(当時約25億円)となりました。落札したお金は、イギリスのNHS(国民保健サービス)へ寄付され、大きなニュースとなったのです。これらは作品を媒介にして観客が参加する一種のメディアアートだともいえるでしょう。