現代アーティストのジェフ・クーンズ氏が制作した彫刻『ラビット』は、2019年に約9110万ドル(当時約100億円)で落札され、現存作家としては史上最高額の美術作品として知られている。美術家のナカムラクニオさんは「クーンズはコピーや模倣を武器にし、炎上を繰り返して有名になった。これが偉大な芸術作品といえるのか、鑑賞する側も難問を突きつけられている」という――。

※本稿は、ナカムラクニオ『美術館に行く前3時間で学べる 一気読み西洋美術史』(日経BP)の一部を再編集したものです。

ストリートから誕生した「2人のスター」

1980年代はストリートからスターが誕生しました。代表するのがジャン=ミシェル・バスキアとキース・ヘリングでしょう。今生きていてもおかしくない若さで亡くなりました。

バスキアはニューヨーク・ブルックリン生まれ。美術好きの母に連れられて、子どもの頃からMOMAやメトロポリタン美術館に足を運んでいたそうです。バスキアは7歳の時交通事故に遭い、脾臓ひぞうを摘出する大手術を受けて1カ月間入院。母が差し入れたのが、解剖学者ヘンリー・グレイの医学生向けの「解剖学」という教科書だったそうです。

両親が離婚し、同居する父と折り合わなくなり、15歳から家出がちに。16歳の頃、同じ高校に通う友人と架空のキャラクター「セイモ(Samo©)」を作り出し、マンハッタンのあちこちにスプレーでグラフィティを描いて、そのサインをして回りました。哲学的な詩のメッセージなどを書き込んだ言葉のグラフィティが話題になりました。ちょうど音楽でいえばラップみたいな感じかもしれません。

ジャン=ミシェル・バスキア(左から2人目)
ジャン=ミシェル・バスキア(左から2人目)(写真=Galerie Bruno Bischofberger/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

「落書き」のような作品に隠された記号

やがてアーティストとして知名度も上がります。この頃に偶然出会ったアンディ・ウォーホルにポストカードを売りつけたこともあったとか。バスキアは富と名声に強い憧れを持つようになりました。

バスキアの作品を見ると、図鑑のように絵と言葉で表現する「解剖学的な描き方」が重要なスタイルです。美術界の巨匠の絵画が解剖され、標本のように並べられています。プレゼントされたレオナルド・ダ・ヴィンチの作品集から影響を受けたり、黒人ミュージシャンのチャーリー・パーカーも大好きで、その要素も溶け込んでいます。言葉が並列に配置され、コラージュされた記憶が激しい線と原色で塗り固められているのです。アインシュタインの相対性理論の公式が描き込まれている作品もあります。落書きに見えるけれど、その中に隠されている記号を読み解いたり、発掘したりするのが楽しいのです。

25歳でニューヨークの有力な画廊と契約して安定した成功を手に入れたと思った矢先、その人気の重さに堪えかね、薬物の過剰摂取で27歳で天国へと旅立ってしまいました。