90年代後半以降、情報化社会にインターネットが加わってサイバー社会になっていくと、専門家の知識や情報が一般に開放される現象も起きた。ネットにつながっていればグーグル検索で世界中の情報にアクセスできる。ネットの情報は玉石混交だが、ウィキペディアのように複数の人が編集に関わって情報の正確性を高める仕掛けもある。プロフェッショナルだけが専門知識を独占していた時代ではなくなった。
けれども、一般の人が専門知を活用するのは難しい面があった。どこにどのような専門知識があり、どのようにそれを使えばいいのか、自分で探したり考えたりする必要があったからだ。
生成AIはソクラテスのようなもの
この壁を崩したのが生成AIだ。22年11月にOpenAIが「ChatGPT」を発表。検索ワードを工夫しなくても、普段の会話と同様に質問すれば答えが出てくるようになった。「ChatGPT」の登場は衝撃的であり、その後の進化にも驚かされた。OpenAIが今年2月、動画生成AI「Sora」で生成したデモ動画を公開。「東京の街を歩くスタイリッシュな女性」と指示や質問(プロンプト)をすると、まさにイメージ通りの動画が生成されていた。
あるセミナーで、私は熱海(静岡県)の将来像について話した。すると、それを聞いていたプラグの小川亮社長が、「大前さんが話していた未来の景色はこうですか」と、その場で生成した画像を見せてきた。やや違う点があったので指摘すると、すぐその場で新しい画像を生成した。出来上がりがなかなか美しく、「AIの世界にも吟遊詩人がいた」と唸らされた。私が、構想力について人に教えるときには、頭にあるイメージを、苦労してCG(コンピュータグラフィックス)で何枚か作成する必要があった。頭のイメージを他人に伝えるのは手間暇のかかる作業だったが、今では日常言語で数分あれば驚くほど正確に画像で表現できる。
さらに、5月に発表された「GPT-4o」は、以前のものに比べ、会話が別次元に自然だ。これまではAIに出すプロンプトにはコツが必要であったため、前述のような生成AI活用に積極的な企業は、プロンプトエンジニアを育成しようとしていた。
しかし、「GPT-4o」になると、プロンプトを意識せずに、普通の会話の延長で指示や質問をしても、生成AIが専門知識を提供してくれる。こうなると、もうプロフェッショナルは要らない。業績悪化に悩む経営者は、生成AIに悩みを相談すればよく、生成AIなら、3分で資料まで用意して改善策を教えてくれるようになる。それを英訳しろ、と言えば数分で完成。今後、翻訳者や翻訳企業は何で飯を食っていくのか、と思うほどレベルが高い。
たとえるなら生成AIは哲人ソクラテスだ。古代ギリシアの哲学者プラトンは、師であるソクラテスと対話しながら真理に到達しようとした。ビジネスパーソンもプラトンになったつもりで生成AIに語りかければ事足りる。
ソクラテス的存在の生成AIが常に傍にいる時代になれば、プロフェッショナルの価値は限りなくゼロに近づく。もちろんプログラミングという専門スキルは不要だし、かわりにプロンプトを学ぶ必要もない。今のタイミングでプロンプトエンジニアを育成するのは、わずか数カ月の間に時代遅れになった。
企業はそれでも必死に時代についていこうとするだろう。絶望的なのは日本の学校教育である。